>>次話
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「逃げるっっ!! タカーシっ、トイレっ!」
同じ感覚を感じたのか、フィルが逃げの一手を指示してくる。
僕もフィルに完全に同意だ。
どう考えたって、今の僕たちじゃあいつには勝てそうにない。
「”展開”」
ドンっと目の前に現れる異世界トイレ。
中に逃げるためにフィルへと手を伸ばした……その瞬間だった。
ーーガツンッ
と凄まじい衝撃を体に感じ、全身が後方に飛ばされる。
「タカーシっっ!!!」
鼻の奥がツンと熱くなり、頭が真っ白になる。
その間にも体は勢いよく宙を飛び続け、そのまま地面に衝突する。
ーーズザザッッ
と地面をこすりながら、僕はそのまま数メートルを転げまわった。
「……いてえ」
全身に力が入らない。
トラックに跳ねられたら、こんな感じなんだろうか。
だけど、少なくとも僕の体がバラバラになったりはしていない……まだ動ける。
だなんとか頭だけを上げ、飛ばされた方向を見る。
ぼんやりと濁る視界に映るのは、長剣を力強く振り下ろすフィル。
だけど、キングオークはあっさりとその剣を腕だけで止めてしまう。
それだけじゃない。
キングオークの腕がフィルの首を掴み持ち上げる。
バタバタと体を揺すって抵抗しているフィルだけど、とても逃げられそうには見えない。
フィルを見るキングオークの目は濁っている。
すぐに殺されてないのは僥倖だけど、奴がフィルを解放してくれるとも思えない。
僕は一緒に吹っ飛ばされたカバンに手を突っ込み【異世界ポーション水】の入ったペットボトルを取り出す。
「くぅっ……」
痛み震える体に鞭打ち、ポーション水をグビグビと飲み込む。
すぐに体から痛みが消え、嫌な体の震えがおさまる。
「……これで、動ける、か。フィル……今、行きますよ……」
僕は前へと歩き落ちていた【異世界モップ】を手に拾う。
幸いキングオークは、今は僕と反対側を向いている。
奴にバレないように静かに、一歩一歩前へ進む。
地球にいた時の僕なら、あのキングオークに立ち向かおうとは思わなかっただろう。
僕にとって手に入らないものを、無理なものを諦めるってのは、昔から当たり前のことだった。
勉強でも、スポーツでも、女の子でも、仕事でも……
でも……彼女は諦めたくない。
怪しい異世界人でしかない僕の話を信じてくれ、僕に素直に接してくれて、笑顔を向けてくれたフィル。
数週前にあったばかりの彼女に何でこんな風に思うのかはわからないけど……なんとかフィルの純粋な笑顔だけは守りたい。
その一心だけで前に進む。
キングーオークの姿が少しずつ大きくなってくる。
改めて見て見ると、そのサイズはかなりでかい。
身長で3メートルは間違いなく超えている。
きっと僕にはあいつを倒すことはできないだろう。
だけど、この【異世界モップ】の《雷撃》さえ当てられれば、あいつだって少しは行動不能になるはずだ。
そうしたらフィルと一緒に異世界トイレに逃げこむことはできる。
キングオークまで数メートルの距離。
奴は相変わらずフィルをネチネチと嬲っている。
僕は異世界モップを手に構え、ジリジリと距離を詰め、異世界モップを振りかぶる。
「……”雷”」
異世界モップに《雷撃付与》し……そのまま奴の頭に向けて振り下ろした。
完全に不意をついた振り下ろしだった……
だけど、素早く振り返ったオークは、あっさりとモップを腕で受け止めてしまう。
「ぶぶももっっっ……ぶもぉっっ!!」
「うぁぁっっ!」
奴の体は黄色い光りに包まれ痺れたような様子は見せるが、その太い腕に異世界モップごと押し戻されてしまう。
宙に浮いた体を立て直し、何とか地面に着地する。
キングークを見ると、奴はすでに体勢を立て直している。
奴に雷撃で痺れて動けない、という雰囲気はない……
「くそっ、ダメかっっ……フィルっ、逃げて!」
「タカーシっ……」
フィルが弱々しい足つきでだけど、オークから距離をとる。
キングオークはちらっとフィルを見るけれど、彼女を追いかけはしなかった。
僕から集中を外さないところを見ると、僕のことを厄介な敵として見たということだろうか。
普通の《雷撃》が効かないとなると、僕に残された手段は《魔断ち》と《斬撃》のコンボしかない。
キングオークから視線を外さないように、モップを構え続けながら……
「……《魔断》」
モップのスキルを《魔断》に入れ替える。
キングオークはモップに集中しながらジリジリと僕に迫り……
「ぶもおっっ!」
「うぉっ」
ブンッと丸太のような腕が凄まじい速度で振り回される。
僕はそれをバックステップで避ける。
全く見えないレベルの速さの腕の振りだけど、来ることが分かっていれば避けることはできる。
「ぶぅっっ!」
「くぅっっ」
次々と振り回される腕、そして足。
ギリギリのところで必死で避け続ける。
「ぶももっっ」
「ぅあっっ」
一撃もらえば終わりの戦いだ。
緊張と疲れで足が棒のようになってしまうけど、止まることはできない。
奴が気をぬくかもしれないその一瞬を待ちながら、懸命に足を動かし続ける。
その甲斐があったのだろうか……
「……ぶもっ!?」
なぜかキングークが頭を押さえながら後ろを振り返る。
「タカーシっ!」
そちらにちらりと視線を送ると、たっているフィルの姿が見える。
どうやらフィルがオークに石を投げてくれたようだ。
キングオークは怒りの目でフィルを見据えている。
チャンスだ。
だけど、デカすぎる奴の急所は狙えない。
僕は一足にキングークへと距離を詰めると、丸太のような太ももに異世界モップを軽く当てる。
「ぶも?」
衝撃の来ないモップの斬撃に、奴は不思議そうな顔を見せる。
その衝撃の軽さのせいか、オークには警戒する様子はない。
「”斬”っ!」
そんな奴を前にして、僕はモップのスキルを素早く《斬撃付与》に入れ替える。
狙うのは同じ太ももだ。
ここを切り落とせれば……
僕たちが逃げるくらいの時間はできるはず……
「ぅぉぉおおおおおっっっ!!!!!」
僕は全力でキングオークの太ももを横なぎにした。
抵抗なくオークの太ももを切り裂いていく【異世界モップ】。
太ももからは血が吹き出す。
「ぶもぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!!」
さすがのキングオークも痛みの叫びをあげる。
だけど……
ーーギィィィィッッッッッン
順調に滑っていたモップは……
太いキングーオクの太ももの中心で……
何かに止められてしまった。
どうやらキングオークの骨は金属並みの硬さだったようだ。
「これは、詰んだかなあ……」
僕の目の前で怒りに体を震わせるキングオークは、重症ではありそうだけど動けないという様子はない。
万全の状態なら逃げるくらいはできたかもしれないけど、僕もフィルもすでに満身創痍だ。
「ぶもぶもぶもぉぉっっっ!!!」
目を怒りに染めたキングオークが、僕に向けて腕を振り上げる。
ゆっくりと迫ってくる丸太のような腕。
それがスローモーションのように見えるのは、これが僕の人生の終わりだからだろうか。
最後の抵抗に、僕は異世界モップをその軌道に掲げる。
奇跡は……
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
起こらなかった。
最初に食らった打撃を超える、凄まじい衝撃が体を襲う。
自分から血が吹き出してるのが見えるから、体のどっかがもげてしまったのかもしれない。
フィルだけでも、逃げられたらいいのだけど……
宙を飛ばされながら、冷静にそんなことを考えてしまう。
祈りを込めてフィルがいた方を見る……
そこに僕が見たのは……
「……え?」
信じられないものだった。
それは……
「人んちの裏庭でうるさいのじゃ!!!!!」
あの強すぎたキングオークをワンパンで沈める、黒紫のワンピースを着た美少女の姿だったのだから。
>>次話
ーーNo. PD
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