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「そうだな。何から話すべきかな……」
少しの間悩むように目をつむったフィル。
やがて、彼女のまぶたが開き、綺麗な碧眼があらわになる。
「隆は、異世界から来た、と言っていたよな?」
「はい。理由も目的もわかりませんが、気づいたら……ここにいました」
「タカーシの場合は何かの偶然だったようだが、それを意図的に起こすための準備をしていたのが……私の所属する国ディノクだったんだ。目的はタカーシも見た魔王アシュリー、やつに対抗できる戦力の確保のためだな……」
フィルの顔は若干苦々しいものになっている。
「つまり、異世界からの召喚魔法……?」
「ああ、そうだ……私も詳しい話を聞いたわけではないのだがな、どうやら勇者として適性のある者を、異世界から召喚する予定だったらしいのだ。それだけならまだいいのだが、私の上司である騎士団長が言うには二つの問題があったそうだ」
「問題……ですか?」
「ああ、一つは勇者の召喚に使う魔法陣に人間を止めるレベルの強化術式が組み込まれていたこと」
つまりは、異世界チート、俺Tueeeeeeeだな。
「それは、さほど問題なようには聞こえないんですが……むしろメリットというか?」
「ああ、私も最初はそう思った。だが騎士団長が言うには、ポンっと与えられた強すぎる力は必ず勇者を不幸にするとのことだ。他のものに馴染むこともできないし、権力者には利用されるだけ。強いだけでは決して幸せに生きることはできない……そう言っていたよ」
「なるほど……」
それは……そうかもしれないな。
人間なんて結局のところ平均値に近ければ近いほど幸せに生きられるもの。
悪すぎるのはもちろん良すぎるのだって大抵ろくなことにはならないものだ。
「まあ、僕はもうちょっと強化されて、この星に落とされたかったですけどね……」
苦笑する。
「タカーシは優秀なスキルを手に入れたわけだし、そう悪くはないと思うぞ。レベルアップで身体能力が上がらないのは難点だが、体は自分でも鍛えれば鍛えられるものだ。それにタカーシにはこの異世界トイレがあるんだからな……」
「まあ、そうですね。こいつのおかげで助かってますよ……」
僕はポンポンとトイレの壁を叩く。
そんな僕を見るフィルの目は優しい。
「……話を戻すが、二つ目の方が直接的な問題だ。宮廷魔術師長は黒龍の逆鱗というアイテムを用意していてな、どうにもそれを使って勇者を従わせるような術式を組み込んだらしいのだ。私も詳細は知らないんだけどね……」
復讐系異世界転移の定番の一つだな……
最後にはその隷属を打ち破って召喚者たちに”ざまぁ”をするのだ。
だけど、まあ現実で隷属召喚なんてことをされたら、たまったもんじゃないな。
そうそう準備された隷属魔法を打ち破れるものでもないだろうしね。
「ひえっ……それは恐ろしい……そういう意味では僕の突然の転移は悪くなかった方ですかね……でも、こんなところに一人で落とされたのはちょっと、ですが……」
「ああ、落ちた場所で言えばこの世界でも最悪の場所と言えるなタカーシは……死の砂漠と絶望の森の間って、ぷっ……」
ニヤニヤと笑うフィル。
「ちょっと、そんな笑わないでくださいよ、フィル……」
「すまんすまん……まあ、そういうわけでな、我々の騎士団長は異世界勇者に頼ることに反対だったのだよ……王もその気持ちを理解してくださったのだろう。我々騎士団が独自に動くことを許可してくださったのだ」
「なるほど」
フィルが長い足をすっと組み替える。
「それで、だ……我々は以前から準備していた作戦を実行することにしたのだよ。魔族軍との戦闘の前線を無視して、魔王を直接叩く急襲作戦。つまりは死の砂漠越え……だな」
「なるほど……って、魔族軍と人族軍ってどこで戦ってるんですか?」
「そうだった、タカーシはこの世界の知識がないのだったな。最初から説明するとしよう……」
フィルはナイフを手に取り林檎のような果実、アポールを真ん中でスパッと切る。
ちょっと横に太った果実なので楕円形の断面が見えるけど、真ん中には結構大きめのタネが付いている。
アボガドを真ん中で割ったような見た目だ。
「このアポールの断面がこの大陸だとしよう」
「はい」
「この中央の種の部分、ここが死の砂漠だ……だから我々が今いるのはこのあたりだな」
フィルが種の右側を指差す。
「そして砂漠の西側が人族の国ディノクの領土ということになり、東側が魔族の国ジーアの領土と考えていい」
フィルの指先が種の両側をさす。
「北は険しい山岳地帯だ。ここにドワーフ族が生息していると聞いているが、私は詳しいことは知らない。そして南だが、ここには二つの小国が存在している。ニューク森林に住むエルフ族の国ユアラ、そして獣人族の国ファリカだ」
おおっ!
ドワーフ、エルフ、それに獣人もいるのか。
だいぶ異世界らしくなってきたな……
ちょび髭かわいいドワーフ娘に、美女エルフの耳ぷにぷにに、犬耳美少女獣人の尻尾もふもふは、異世界体験としては外せないものだろう。
っと脱線してるな。
まあ、種族ごとにそれぞれの国を作っていて、魔族と人族が比較的優勢な世界ってことだろう。
僕はフィルに頷き、今のところ理解していることを伝える。
フィルは頷きを返すと話を進める。
「獣人族とエルフ族は表立っては中立を保っているが、どちらかというと人族寄りだ。我々もまた両種族が魔族から迫害されることのないように注意を払っている……そういうわけで、我々と魔族との争いは、この獣人族とエルフ族の国の先にて頻発しているのだ。このあたりだな……」
フィルは種の下のちょっと右側よりをポンポンと叩く。
「魔王は本来は魔族領の東端にある首都にいるらしいので、魔王にたどり着くのは難を極める。だが、我々は魔王が今くらいの暑い時期になると、死の砂漠のすぐ近くにあるこの絶望の森に現れるという情報を掴んだのだ」
「実際に魔王さん、来てましたもんね」
「ああ、つまりこの情報は全くもって正しかったんだがな。しかし、魔王があそこまで強力な存在だとは、知らなかったよ……何れにせよ私の隊に命令が下ったのだ。死の砂漠を超え、魔王を直接叩け……とな。勇者が実際に召喚される前に魔王を倒したいというのが一つの目的ではあったが、そうでなくてもいつかは作戦を実行することになっていただろうな」
フィルがアポールの果肉にかじりつきながら、アポールの果実のもう半分を渡してくる。
シャリっとした食感の果肉を噛むと、まさにリンゴのような味が溢れてくる。
「私がここに来た理由は、そんなとこだな……」
「フィルは……これから、どうなるんですか?」
「国に戻れば……責任を取る必要があるだろうな。1000人規模の部隊を全滅させたのだ」
そういうフィルの顔は、覚悟が決まっているような穏やかなものだった。
「そんな……でも、あれはフィルの責任じゃ……」
「まあ、それでも責任を取れる人間がいれば、取る必要があるのだよ。それが軍というものだ。タカーシ、そんな顔をするな……それに、これは、国に戻れればの話だ。我々が超えて来た死の砂漠。あそこは大量のサンドワームの巣でな……一人二人じゃ決して乗り越えられない。だから、ここからディノクに戻るには、絶望の森を抜けて魔族の国ジーアに一度入り、なんとか人族の国ディノクにたどり着く必要がある……ってこのあたりはすでに話してあったよな?」
「はい、そうですね。こうして僕らが絶望の森に挑んでる理由です」
「ああ、そうだ。だから、この森を抜けられたところで魔族の国だ。異世界人のタカーシはともかくとして、普通の人族である私が生きてディノクに戻れる可能性は低いだろうな」
フィルは少しだけ悲しそうな瞳でそんなことを言う。
「でも……何かしなきゃ事態は動かないですから。魔王が出るか、ドラゴンが出るかはわかりませんが、とりあえずこの絶望の森を先に抜けましょう。魔族の国だって案外過ごしやすいところ、かもしれませんよ?」
「ああ、そうだな……魔族の国に入ったことのある人族はほとんどいないはずだ。その一人になるってのは悪くない。それに……こうしてタカーシと二人で旅をしているのは楽しいんだ。せっかくだし今はもう少しこの時間を楽しみたいよ……」
ニコッとフィルは前向きな笑顔を作る。
とても魅力的で思わず惹きこまれてしまう。
僕は絶望の森の攻略へのやる気が出てくるのを感じていた。
「フィル……頑張りましょう。一緒に……」
ーーNo. PD
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