**********
「ここにっ、魔王が潜伏しているとの情報があるっっ! 我々はこのままこの絶望の森を突破し、そのまま魔王を撃破するっっ! 困難はあるだろうがっ、こうして死の砂漠を乗り越えてきた我々だっ! 我々にもはや不可能はないっっ!」
「「「「おおぉぉぉっっっっっ」」」」
ちょうどよくトイレの近くで作戦会議を始めた軍隊。
声を張り上げる隊長さんの声が、ここまで聞こえてくる。
見たところ1000人ほどの部隊だろうか。
ゴブリン達と同じように、軍隊の人たちも僕の公衆トイレに気づく様子はない。
魔物だけでなくこの世界の人への認識阻害的な効果が付与されているようだ。
しかし、この森……絶望の森なんてたいそうな名前だったのか。
そして砂漠の方は死の砂漠。
僕は異世界生活を始めるのに、とんでもないスタート地点に送られてしまっているのではなかろうか。
やっぱり僕をこの世界に連れてきたやつには二言三言文句を言ってやりたい。
「それではっ、1時間後に作戦を開始するっ! それまでは休憩とするっっ!」
どうやら指揮官は女騎士のようだ。
青空の下に響く透き通るような声が美しい。
そしてさらっさらの太陽のように輝いているブロンドヘアは眩しい。
地球では全くお近づきにもなれそうにないレベルのブロンド美女だけど、この世界でなら……ってこの世界でも無理なものは無理か。
「なんにしても……彼女たちあの森を攻めるって言ってたよな。しかも……魔王?」
この森の奥に魔王なんて、そんな大層な人が住んでいたのか。
この後僕がどうしていくかはこの軍隊の成否次第なところもあるけど……ここに残るとしたら、あまり森の奥を刺激するのは危険なのかもしれない。
「……ん?」
さっきから1時間はまだ経っていないけど、なにやら軍隊が慌ただしく動いている。
僕は軍隊の中の隊長さんを探してみると、割とすぐ近くにいた。
「隊長さんは……あそこか。あ、誰かが、そばにいる?」
ブロンド美女の隊長さんのすぐそばに、さっきまでいなかった黒髪の美少女が立っている。
全身をゴテゴテの騎士服で包んだ隊長さんとは対照的に、彼女の身を包んでいる装備は薄い。
黒に近い紫色のワンピースドレスを着ているだけだ。
「あの子めちゃくちゃ可愛いな……胸も結構あるし、すごく好みかも……」
体格は小柄な彼女だけど、胸は結構しっかりと盛り上がっている。
「魔王アシュリーっっ!! どうしてお前がここにっっ!?」
ってあの可愛い娘が魔王なのっ!?
本気でっ!?
「どうしてもこうしても、お主ら我に会いに来たのじゃろ? わざわざ死の砂漠まで乗り越えてここまで出向いてくれたのだから、我が出迎えに来てやったのじゃ」
「くそっ、作戦は筒抜けかっ! まあいいっ、ここに一人でのこのことやって来た自分の愚かさを恨むといいっ」
「なんじゃ……お主ら我と戦いに来たのか? そんな貧相ななりの少数部隊だから、てっきり我と話し合いでもしたいのかと思ったぞ? お主らが我と戦えるレベルだとは思えんのじゃがのお」
魔王は1対1000だというのに余裕綽々だ。
僕にはわからないけれど、よっぽど力の差があるのだろうか。
「貴様が強いのは知っているっっ! だがっ、魔族に虐げられる弱き人々のためっっ! 我々は決して負けんっ! 覚悟しろっっ!」
隊長さんは白銀色のロングソードを抜き去る。
その構えは堂に入っており、かなりかっこいい。
だけど、魔王には彼女を気にかける様子はない。
「こやつも騙されておる口か……実際は弱き魔族を好き放題に虐げているのが人族なのじゃがのお……ま、お主ら人族と分かり合えないことはもうわかっておるのじゃ。哀れな人の軍よ……せめて安らかに眠るがいい」
魔王が地面を軽く蹴ると、その体が宙に浮かぶ。
宙にフヨフヨと浮いたままの彼女は、右手を天に向けてあげる。
やがてその右手の上に現れたのは闇色の玉。
黒い稲妻の走るその闇の球玉は、見るからにヤバそうな雰囲気がある。
「っっ!? 一同散開っっっっ!! 全力防御っっ!!!」
隊長さんも同じことを感じたのだろうか。
自らは何やら白い光で身を包みながら、味方部隊にも防御するように指示を出している。
「くくっ……耐えられるものなら耐えて見せるが良いのじゃ……”ダークマターボール”」
魔王は右手を振り下ろす。
魔王の上、膨れ上がり切った闇の球体が、凄まじい勢いで人の軍隊の中心に向かう。
「ちょ……それは僕も……」
ーーチュドォォォォォッッッッン
激突とともに凄まじい衝撃が地面を揺らし、漆黒の稲妻が世界を駆け抜ける。
暴虐の嵐の時間はしばらくの間続く。
数瞬ののち、ようやく落ち着きを取り戻した世界。
そして、一陣の風が砂埃を振り払った時……
その場に立っているものは、誰一人としていなかった。
「……よかったあ。さすが最新型の公衆トイレ。隠蔽属性だけじゃなくて非破壊属性付きか……」
変わらずに佇む公衆トイレと僕を除いては。
宙に浮いたままの黒髪美少女、魔王は人の軍隊、であったものを一瞥する。
「貧弱じゃのお……なぜ人族はこの弱さで我と争おうとするのか……ん?」
そんなことを呟く魔王が……なぜかこちらを見てくる。
「あれ……もしかして、僕見られてる?」
目をゴシゴシと擦り、細めた目でこっちを除きこみながら、魔王がゆっくりと近づいてくる。
近づいてきてくれたおかげで、彼女の美貌がよりはっきりと見ることができる。
軽くカールした肩ほどまで伸びる黒髪。
その髪の間からは生えた二本の小さな角。
キリッとした黒い眉。
切れ長の大きな瞳。
形良く伸び上がる鼻筋。
ぷっくりと柔らかそうな桃色の唇。
そんな素敵すぎるパーツが完璧な卵型の輪郭に配置されている。
僕の視線は彼女の美少女顔に釘付けになってしまう。
「……気のせいかの? 何やらここにあるような気がするのじゃが……」
魔王はこちらに向けて手を伸ばしてくる。
そして、彼女の白く透き通るような手が、僕の胸元にペタッと触れる。
だけど……
「……気のせいだったようじゃな」
魔王はそのままくるりと踵を返し、絶望の森へと帰っていった。
緊張から解放された僕は、その場にペタンと尻餅をついてしまう。
「……ふぅっ。ドキドキしたあ。公衆トイレの隠蔽属性は、あの魔王の能力すらを超えてるってことか……ある意味すごいな」
触られた時にはもう絶対ばれたかと思った。
「……って、あれっ? 僕って魔王から隠れてる必要あったのか? 人族とは敵対している雰囲気だったけど……異世界人の僕なら、あんまり関係なくない?」
あのダークマターボールこそ凶悪だったけれども、彼女がつぶやいていた内容は穏当なものに感じた。
あの様子ならばむしろ人族側よりも、僕のことを助けてくれた可能性だってあったかもしれない。
「失敗したかな……? ま、終わったことを言ってもしゃあないか。さて、もう魔王も戻ってこないだろうし、ちょっと外の様子を見てみるか……」
僕は公衆トイレを出る。
外はひどい有様だった。
ダークマターボールが直撃した地面には、隕石が衝突したんじゃないかっていう大穴が開いている。
その周囲には鎧だったようなものなんかが落ちてるけど、その中身だったものは見つけることができない。
中心地から離れると、倒れた人影は人としての形を保ってはいる。
けれど、動く様子を見せる人はいない……
「文字通り全滅かあ……隊長さん美人だったのに、残念だな……」
「……ぅ……ぅう……」
「……ん?」
何やら微かなうめき声が聞こえたような気がする。
キョロキョロと辺りを見回すと、一人の騎士が身じろぎするのが見える。
「あ、ブロント美人の隊長さんだ。生きてたんだ……」
「sdrgsdf asf lkjxfa……」
彼女はうわごとのように何かを話しているけれど、意識はなさそうだ。
何を言っているのかも全くわからない。
「……あれ? 何言ってるかわからないな……さっきまでは日本語を喋ってたのに。日本語が公用語で、2ヶ国語喋れるってことなのかな。隊長さんっ、大丈夫ですか?」
彼女に近づき声をかける。
だけど、彼女は特に反応することはない。
多分何かしら重症を負ってしまっていて、意識が混濁しているのだろう。
彼女の鎧は大きく破損しており、胸元からは立派なものがちらりと見えてしまっている。
日本では見慣れないサイズのその威容に、思わず視線が集中してしまう。
「薄桃色か……ってそんなこと言ってる場合じゃないっ! 結構やばそうだし、公衆トイレに連れていくか。【ポーション水】を使えば、なんとかなるかもしれないし」
僕は彼女の壊れた鎧を剥ぎ取ると、彼女を両腕の中に抱える。
長い遠征を超えてきたからなのか、彼女からは結構強い匂いがする。
でも全然悪い匂いじゃないんだから、女性というのはずるい。
まあ、公衆トイレでしばらく過ごしてる僕も、自分じゃ気づかないだけで匂ってたりするのかな……
「……意外と軽いな」
結構な高身長の隊長さんだけど、最近鍛えていたおかげか簡単に担ぐことができる。
僕はそのまま彼女のことを公衆トイレへと連れ帰った。
ーーNo. PD
コメント