1−4 ゴブリン討伐しながらトイレで過ごす日々

 

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「グギャギャギャァァッッッ!!」

そんな奇声とともに、眼前に迫り来る炎の塊。

燃えるガスが軌道を描く火炎放射器とかとは違って、炎の玉としか言いようのないものが宙を飛ぶ様は、まさにファンタジー世界。

そんな熱球は……当たり前だけどべらぼうに熱そうだ。

ぶつかったらただでは済まないだろう。

だけど……

「当たらなければ、問題はないものね……」

僕は地面を軽くけり、それを余裕を持って避ける。

「それに……”魔断”っっ!」

僕は通り過ぎる火球に向けて、手に握ったモップを振り下ろす。

ーーフュンッ

モップに斬られた火球は、情けない音を立てて消え失せる。

「やっぱり【異世界モップ】様様だねえ……」

必殺の一撃をあっさり消されて狼狽するマジックゴブリン。

僕はそんなゴブリンに向けて一直線に駆け寄る。

ギョロッとした目を見開くゴブリン……だけど、僕は躊躇はしない。

振り上げたモップを、勢いよく振り下ろす。

「とぉっっっ!!!!」

「グギャァァァッッ!!!」

すっかり聞き慣れてしまったゴブリンの悲鳴。

マジックゴブリンだろうとも、普通のゴブリンだろうとも、それは一緒だ。

頭を砕かれたゴブリンはすぐに息絶え、赤い煙を発しながら消える。

僕がモップを目の前に掲げると、赤い煙はモップに吸い込まれる。

「マジックゴブリンの耳と、肉か……レアドロップはなしだけど、肉が出ただけマシかな。さーって、今日はそろそろ帰りますかー」

僕は戦闘をしていた森を抜けると、公衆トイレの方向に向けて歩き出した。

 

 

 

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異世界転移したあの日から、1ヶ月が過ぎた。

だというのに、僕は今でも同じ公衆トイレで生活していたりする。

未だに僕がこの世界に転移した理由はわかっていない。

それどころか、まだ異世界人の一人にすらあってはいない。

もし僕をこの世界に呼び出した奴がいるんだとしたら、こんなところに放置されていることについて文句の一つでも言ってやりたいところだ。

 

その一方で、異世界での生活自体はまあまあ順調と言っていいだろう。

ここはモンスターはびこる世界のようだけど、この公衆トイレの中に限っては安全安心。

夜も何の心配もなくぐっすり眠ることができる。

ちなみに、この世界でも1日はだいたい24時間のままっぽい。測ったわけじゃないけれど。

48時間昼のままとか、数時間で昼と夜が変わるとか、そんな世界じゃなかったのは幸運だった。

生活環境もちょっとずつ整えていて、森から回収した枯葉やら枯れ草を使って簡易ベッドも作った。

ちょっとチクチクはするけれど、寝心地はそう悪いものじゃない。

何より公衆トイレの空調がついたままなのが大きい。

快適も快適だ。

 

いちばんの懸念だった食料に関しては、一応ゴブリン肉が生でも食えることが判明している。

「……食感はイマイチだけど、味はまあそこそこ美味しいんだよね」

口の中でネッチャネッチャとさっき倒したマジックゴブリンの肉を噛みしめる。

ゴブリンからドロップするゴブリン肉は、見た目の通り割と鶏肉に近い味をしていた。

普通のゴブリンよりもマジックゴブリンのものの方が、若干柔らかくて肉の味が強い。

ちなみにゴブリン肉のドロップ率は30%ほど。

レアってほどじゃないけれど、手に入れようと思ったら数匹のゴブリンは倒す必要がある。

 

噛み続けて小さくした肉の繊維をごっくんと飲み込み、ペットボトルの【異世界ポーション水】で口の中を洗い飲み込む。

残念ながら歯磨きはできないんだけど、ポーション水のおかげか虫歯にもならないし、口の中はいつもすっきりとしている。

そんなわけでここのところゴブリンの生肉ばっかりの生活をしているんだけど、今の所は体調に変調はない。

まあ人間は雑食動物だ。

肉だけでだってある程度は生きられるものだろう。

だけど、健康を考えたらそろそろ野菜やら果物やらに手を出す必要はある……っていうか現代日本人として美味いものが食いたい。

……できればホカホカに炊いたコメも。

「そのためにも……そろそろ森の中を攻める必要が、あるよなあ……」

 

 

 

これまでの1ヶ月の間、僕は森の入り口について調査を進めてきた。

どうやらこの森の砂漠側の外縁は、ゴブリン種の生息域になっているようなのだ。

森に近づけば必ずと言っていいほど、ノーマルゴブリンが迎えに出てきてくれる。

1匹の時もあれば、複数の時もある。

今のところ多くても3匹ってとこだけど。

それに3匹だからと言って別に連携して襲ってくるというわけでもない。

最初の時はその数にちょっと焦ったものだけど、さほど苦労せずに対処することができた。

 

そしてそんなノーマルゴブリンは、おそらくこの森のヒエラルキーにおいて最下層。

森に少し分け入ると、こいつらノーマルゴブリンに加えて、マジックゴブリンが出てくることになる。

「最初に魔法を見たときは興奮したよなあ……」

グギャギャっていうゴブリン語でだけど、マジックゴブリンは魔法を使うことができる。

マジックゴブリンが使うのは、さっきも見たばかりのファイアーボールのような火の玉を飛ばす魔法だけ。

でも、他の種族はきっと他にもいろんな魔法を使うんだろう。

もしかしたら……魔法の呪文さえわかれば、僕にだって魔法が使えるのかもしれない。

正直ちょっと期待している。

 

いずれにしろ……このマジックゴブリンまでは、さほどの問題はなかった。

魔法は僕でもかわせるくらいの速度だったし、連発できるような性質のものでもないようだった。

森の入り口を少し進むと、マジックゴブリンの割合が多くなっていくけど、それでも戦闘にさしたる苦労はしていない。

だけど……その先の敵も同じように倒せるのかというのは、また別の話だ。

「……オーク、でかいんだよね」

マジックゴブリンの生息域を超えると、ちらほらとオークがうろつき始める。

人間よりも体格の小さいゴブリンに対して、オーク達は縦にも横にもでかい。

豚っぽい顔にむっちりした体は、むしろゴブリンよりも愛嬌があるくらいだけど。

いずれにしろ、デカさというのはそれだけで脅威だ。

地球でだって2メートルを超える大男と正面から戦いたいっていう奴はレアだろう。

 

そんなわけで、この1ヶ月というもの僕はオークの領域には入ることなく、ひたすらにゴブリン、そしてマジックゴブリンを倒し続けてきた。

物置にすることに決めたトイレの個室の一つは、今ではたくさんのゴブリン耳やドロップ品の貧相な装備で埋め尽くされているくらい。

 

僕がそうしてゴブリンを倒し続けていたのには、いくつかの理由がある。

 

一つはゴブリン肉の確保のため。

ゴブリン肉は今のところ唯一と言っていい、僕が安定供給できる食料だ。

数はあればあるだけいい。

ちなみにこのゴブリン肉、空調が効いているせいなのか元世界からの不思議パワーなのか、公衆トイレの中に置いておく分には腐らない。

試しに一個外に置いといてみたら数日で腐ったので、ゴブリン肉が腐らないってわけではない。

いずれにしろ、公衆トイレの中なら腐らないので、ここを拠点にしているぶんには十分以上の保存食になる。

 

一つは前述してきたように森の外縁部やそこに住むゴブリン種などの魔物の調査をするため。

わかったことといえば、ゴブリンが跋扈している森の外縁部は、危険は少ないけれど森の恵みもないってことくらいだけど。

この領域ではフルーツのなる果樹などを見つけることはできなかった。

一方でオークがウロつくあたりになると、果物のような木も生えていれば、それ目当ての小動物のようなものも生息している。

文明的な暮らし、というかより良い食生活を目指すなら、森の中を目指す必要がある。

 

そして……

 

「もう一つは……」

 

 

 

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ーーNo. PD

 

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