3−12 イーズレリの異変

 

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朝方、僕の部屋を訪ねて来たホフィンさん。

ラインベルト公爵のリカルド様に会うまで僕の護衛を依頼されている彼女は、公爵様がイーズレリに戻るまで、一緒にこの宿『聖銀の鷲亭』に滞在してくれることになっている。

ちなみに馬車の御者さんは朝一番でタチーナに戻る客を乗せて旅立った。十分に休む暇もなく、ご苦労様なことだ。

「……街の様子がおかしい……ですか?」

そんなホフィンさんが口にしたのは、ちょっと不穏な言葉だった。

「ああ、この時期のイーズレリはもっと活気に溢れてるはずなんだがな……昨日、そして今朝方と、不思議なほどに人通りが少ない」

どうやらホフィンさんは朝方から街を見回って来たようだ。

「確かに大きな町の割には人通りが少なかったですかね……それでもタチーナと同じくらいの人出ではありましたけど」

昨日ホフィンさんがメイン通りだと言っていた場所は、僕の目にはなかなかの人出のように見えていた。

「ああ、タチーナとイーズレリでは街の規模が違うからな。普段のイーズレリなら、メイン通りには屋台や露店が立ち並び、人の間を通り抜けるのが大変なぐらいなはずなんだが……昨日はそんなことはなかった、それに活気もいまいちな……」

ホフィンさんが可愛らしい犬耳をぴこぴこ動かしながらそんなことを言う。

「他の町でちょうど何か大きなイベントがある……とかですかね?」

「……そのようなことは、聞いてないがな。まあ、宿の人にでも聞けば、何かわかるだろう」

「そうですね……それじゃ朝ごはん食べに行きましょうか」

 

 

貴族も使うことのあると言う『聖銀の鷲亭』の朝食は豪華なもの。

主食にお肉と野菜のおかずが2品、それから魚介を煮込んだスープが付いている。

主食はパンとイーズレリの特産だと言う穀物を煮込んだメッコから選ぶことができる。

ホカホカと湯気を立てるメッコをスプーンにのせ口に運ぶ。

しっとりとした粒が口の中で解け、噛み締めるとほのかな甘みが口の中に広がる。

「……あ、このメッコって、すごく美味しいですね」

「だろう? 私はイーズレリに来たらもっぱらメッコを食べるんだ……」

ホフィンさんもスプーンで穀物をすくい口に運んでいる。

「メッコは単体でもうまいが、おかずと一緒に食べるのも美味しいんだ」

「へえ、一緒に……?」

ホフィンさんの真似をして、豆腐の煮物をメッコの上に乗せて口に入れる。

口の中で甘辛く煮られた豆腐とメッコが混ざり合い、口内が強烈な旨味に支配される。

「……すごく美味しい。こんなに美味しいのになんでタチーナに仕入れられてないんでしょうね? こんなに美味しいのをマッツさんが料理に使わないなんて不思議です」

「ああ、それは輸送に問題があるらしいぞ。私も詳しいことは知らないんだがな……魚なんかもそうらしいが、輸送中にダメになってしまうそうでな、運べるのはせいぜい1日の距離なんだそうな」

「なるほど……あっ、それじゃ、タチーナで育てるってのは?」

「それもダメだな……メッコは塩水だけで育つ変わった植物らしくてな。海のあるここイーズレリでは問題なく育てられるが、タチーナに塩水の畑を準備するのは難しいだろう。塩水は他の植物に悪影響があるとも言う」

「へえ、なるほど。そうなんですねえ……これがタチーナで食べられないのは残念ですよ」

「ああ、私もこれが他の都市でも食べられたら、とはいつも思っているよ……特にあのマッツさんに料理させたら、最高だろうな」

そんな会話を交わしながら、絶妙に美味しい朝食を完食したのだった。

 

 

「どうだった、うちの朝食は?」

食べ終わってくつろぐ僕たちに近づいて来たのは、強めにカールしたロングの黒髪が美しい美女……『聖銀の鷲亭』の女将さんだった。

マーシャさんとはだいぶタイプが違うけど、間違いなく客を呼んでいる看板女将と言えるだろう。

「すごく、美味しかったです。メッコも美味しかったし、他のおかずも最高でした」

「ああ、『聖銀の鷲亭』には初めて泊まるが、部屋も食事も値段以上の価値があると言えるな。あまり宿にはこだわってなかったんだが、ちょっと考えを改める必要があるかもしれないと思っているよ」

A級冒険者のホフィンさんだから、泊まろうと思えば高級宿の『聖銀の鷲亭』にだって泊まれるんだろう。

「それは、よかったわ。イーズレリに来たら、またウチをよろしくね」

「僕はちょっと予算的に厳しいですけど、もうちょっと稼げるようになったら是非……」

「うん、可愛い僕も、将来よろしくね」

ニコッと笑いながらウインクする女将さん。

僕なんて呼ばれる年でもないとは思ってるんだけど、この妖艶な女将さんに言われるならありだ……ちょっとドキドキしてしまう。

「……ところで女将殿、昨日今日とイーズレリを歩く人の数が少ないように感じたのだが、何かあるのだろうか?」

「そうね……」

何かを憂うように目を伏せる女将さん……

「まだはっきりとしたことはわかってないんだけど、今イーズレリで伝染病が流行り始めてるみたいなのよね」

「伝染病?」

「そう……高級区域の方まではまだ流行ってないから、『聖銀の鷲亭』にいる私たちにはまだ影響はないはずだわ。でも、このまま庶民街で広まり続けたら、どうなるかはわからないわね……」

この『聖銀の鷲亭』はイーズレリの公爵邸もある高級区域と呼ばれる場所に立っている。

「そうだったんですか、心配ですね……」

伝染病……どう言うタイプのものなのかはわからないけど、ひどい病が流行ると一気に街の人口が減ってしまったりすると聞く。

そう言うひどいものじゃないといいんだけど。

「ええ、でも、もうすぐラインベルト公爵様が戻られるらしいから、きっと彼の方がお戻りになれば原因を突き止めて、対策を打ってくださるはずだわ」

そう言う女将さんの顔は完全にラインベルト公爵であるリカルド様のことを信用しきっているようだった。

 

 

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ーー No. PD

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