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「はぁっ、はぁっ……」
坂道をゆっくりと登り歩き、息を上げるシルヴィア様。
額にうっすらと汗が浮いており、シルヴィア様がその汗を丁寧にハンカチで拭う。
「大丈夫ですか? シルヴィア様?」
そう声をかけると、シルヴィア様が何か不満そうな顔でこちらをみてくる。
「えっと、どうしましたか?」
「……シルヴィー……それと、話し方、です」
「あ、うん、そうだったね……シ、シルヴィー」
「ん、リート……大丈夫、です」
ニッコリと笑ったシルヴィーこと、シルヴィア様が答えてくれる。
同年代ということもあってか「シルヴィア様だと距離を置かれている感じがする」……ってことで、彼女は僕に学園でのあだ名のシルヴィーと呼ぶように言ってきたのだ。
公爵様のご令嬢をあだ名で呼ぶなんてとんでもないことなんだけど、後ろを歩いているセバスさんはニコニコと笑ってるだけだから、問題はないんだろう……多分。
そんな僕たちが歩いているのは、僕の家の裏にある裏山だ。
数日タチーナに滞在される公爵様が公務をされている間、シルヴィーは僕と遊んでいいってことになったんだそうな。
ただぶらぶらしているのもなんなので、今日はラインベルト公爵様の家に連れていけるトイレ用のスライムがいないか探しにきたのだ。
もちろん護衛として執事のセバスさんがついてきてるけど、基本的には僕たち二人でなんでもしていいってことになっているんだそうな。
シルヴィーがいかに信頼されているかがよく分かる。
「あっ、あそこ! 1匹いるっ、ですっ」
シルヴィーが可愛らしい声を上げながら、木の下を指差す。
「あ、本当だね……『スライム鑑定』……うーん、残念。これはアンコモン種の【アシッドスライム】だよ」
「アシッド、スライム……強い、です?」
「うーん、スライムの溶解液は普通のよりも強いんだけどね……強いかって言われると、普通のスライムとあんまり変わんないのかなあ?」
【アシッドスライム】は一匹うちにもいるけど、動きが機敏だとかそういうことはない。
普通の【ノービススライム】との違いは単純にスライムの体液が違うってだけだろう。
「そう、です」
「でも、ここに【アシッドスライム】がいるってことは……僕らの探してるスライムはもうちょっと先のところにいるかも……」
「……なんでです?」
不思議そうに見上げてくるシルヴィー。
「ここって前にうちに連れ帰ってきた【アシッドスライム】がいたところなんだよ。そこに新しい【アシッドスライム】がいるってことはさ、前に”糞好き” の【ノービススライム】がいたところに行けば、新しい同じスライムがいるかなって」
「うん……正しいかも、です」
コクコクと頷くシルヴィーを連れて、僕たちは先へと進んだ。
「……『スライム鑑定』……あっ、やったよ、シルヴィー!」
案の定同じあたりにいた1匹のノービススライム。
「これが、あの臭くないおトイレの……」
「うん、彼女の好物は”動物の糞”になってるよ」
シルヴィーが物欲しそうな目で【ノービススライム】を見つめる。
「それじゃ、僕、動物の糞を探してくるよ。5、6個もあれば友好状態になるはずだから……すぐに見つかると思うから、セバスさんとここにいて」
「わかった、です」
僕は二人を置いて、準備しておいたカゴに乾いた野生動物の糞を拾っていく。
すぐに必要な数は集まった。
「わあ……こういう感じ、なんです」
「そう。ふるふるって震えて体の中に食べ物を迎え入れるんだ。どういう仕組みなのかはわからないけどね……」
「私もあげていい、です?」
「いいけど……これ、動物の糞だよ?」
僕は手袋つけて手づかみで行ってたけど、さすがにシルヴィーに同じことをしろとは言えない。
悩んでいると……
「シルヴィアお嬢様、こちらをお使いください……」
「トング……ちょうどいいけど、なんでこんなものを……?」
「執事ですから」
にこりと微笑むセバスさん。
謎な人だ。
シルヴィーは恐る恐る小さめの糞を掴むと、スライムの上に落とす。
──ふるふる
っと震えたスライムは糞を体の中に取り込む。
「あっ、食べた、です……」
シルヴィーが嬉しそうに微笑む。
可愛い。
僕はスライムが消化するのを待って、彼女と交互に糞を上げていく。
「よしっ……『スライム鑑定』……うん、バッチリ。友好状態になってるよ」
僕は足元のスライムを拾い上げる。
フニフニの柔らかなスライムが手の中で震える。
「あ、触っても大丈夫、なんです……」
「うん、友好状態になってないと、溶解液を吐かれちゃうんだけど……」
「そうなん、です? 私は、大丈夫、です?」
「どうだろう……溶解液は弱いものだけど、試してみるって訳にもいかないよね……」
そんなことを考えていた時だった。
──『スライム共有』を取得しました
久しぶりの不思議な中性的な声が脳内に響く。
「スライム、共有……? あ、そういう職業スキルって訳ね……これなら……」
頭の中に流れ込んでくる情報によると、友好状態のスライムを指定した他の人と共有できるようになるらしい。
逆にいうと、友好状態になるのは僕だけってことだな。
さっき試さないでおいてよかった。
「シルヴィー、僕ちょうど新しいスキルが手に入ったんだ。友好状態のスライムを他の人と共有できるってスキルだから、これ使えばシルヴィーが触っても大丈夫だと思う。使ってみてもいいかな?」
「やってみたい、です……」
セバスさんをみると、彼もコクリと頷く。
「では……『スライム共有』対象《シルヴィー》」
『スライム鑑定』の時よりも多くのスキルエナジーが体から抜けていく感じがする。
今の僕の職業レベルだと、そう多くの回数が使えるものではないようだ。
「ん……何か、入ってきた、感じ、です……」
ぶるっと身を震わせたシルヴィーが、頬を薄桃色にポッと染めてそんなことを言う。なんだか、ちょっと妙な気分になってしまう。
頭をぶんぶんとふって邪念を吹き払う。
「う、うん……これでシルヴィーが持っても大丈夫なはずだよ。はい……ノービススライムはすごく脆いから、おっこどさないように気をつけてね」
僕は手の中でふるふるするスライムをシルヴィーの方に差し出す。
「はい。これが……」
シルヴィーが恐る恐る手のひらを差し出しスライムを受け取る。
「や、柔らかい、です。それに、スライムって、あったかいんですね……」
フニフニとスライムの感触を楽しんでいるシルヴィー。
その気持ちはとてもよくわかる。
僕もスラくんを最初に触った日は、その感触の虜になったものだ。
1日中飽きることなく揉み続けられる柔らかさ。
それはスライムの身体だけが持つ独特の気持ち良さなのだ。
「それじゃ、シルヴィーがそのまま持ってていいから、ゆっくりうちに戻ろうか……落とさないようにだけ注意しようね」
「はい、わかった、です」
僕たちはゆっくりと山を下り、3人で僕の家まで戻ったのだった。
ーー No. PD
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