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「どうしよう、スラくん……僕、ちょっとした金持ちになってしまったみたいだよ……」
申告に悩みを打ち明ける僕だけど、そんなことはどうでもいいとばかりに、ふるふると楽しそうに震えているスラくん。
僕はそんな彼女の上に、彼女のお気に入りの昆虫を落とす。
スラくんの体の中に消えた昆虫はすぐに消化され、吸収されていく。
「しかし、スライムビジネスって、こんなに儲かるんだなあ……」
机に置いて眺めているのは僕の家計簿。
そこには僕がこの数ヶ月で作り上げることのできた、確かな黒字の成果が刻まれている。
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収入
1 【ノービススライム】(C)の貸し出し
目的: トイレ掃除・排泄物処理
貸出料: 月・50000ピノ
貸出先: イーズレリの庶民街の公衆トイレ、イーズレリのラインベルト公爵邸のトイレ、イーズレリの聖銀の鷲亭、オクサルビ教会・タチーナ支部のトイレ(収入は寄付)
トータル: 月・150000ピノ
2 【ファルメントスライム】(R)の貸し出し
目的: トイレ掃除・排泄物処理・肥料玉
貸出料: 月・100000ピノ
貸出先: 黄金の鷹亭のトイレ
トータル: 月・100000ピノ
2 【ゲルスライム】(UC)の貸し出し
目的: 高機能クッション
貸出料: 月・10000ピノ
貸出先: ホフィンさん、ホフィンさんの友達の獣人族(x4)
トータル: 月・50000ピノ
3 【ポイズンスライム】(UC)の貸し出し
目的: 毒見
貸出料: 月・100000ピノ+成果報酬
貸出先: イーズレリのラインベルト公爵邸
トータル: 月・100000ピノ
総収入: 月・400000ピノ
支出
1 税金
月・120000ピノ
2 食費
月・50000ピノ
3 雑費(衣服・生活用品・修理費など)
月・30000ピノ
4 その他・臨時出費
月・30000ピノ
収支: 月・+170000ピノ
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「だいたい月あたりで170000ピノもお金が溜まってるんだよな。これ……その気になれば、一生遊んで暮らせるかもしれないよな……ま、結婚したり、子供作ったりって考えると十分じゃないかもだけど……」
頭の中を元気なめぐの笑顔、そして優しいシルヴィーの笑顔が流れていく。
「……って僕何考えてるんだ。今はスライムのことを考えてたのに……」
『スライム繁殖師』の職業を得たあの日から、もう1年ほどが過ぎている。
13歳になった僕の日常生活は、結構単調なものだ。
暇があれば有用なスライムがいないか探しに、裏山や外壁近くのタチーナの外へと探索に出かける。
有用そうなスライムが見つかったら、鑑定で判明する好物を餌付けして持ち帰る。
捕まえたスライムを観察して勉強する。
有用そうなスライムの使い道を一生懸命考える。
そんなことの繰り返し。
そんなわけで、今では僕の中庭には結構な数のスライムが生息していたりする。
手狭になってしまった中庭を広げるのに、周囲の土地を少し買い増ししたりもした。
「トイレ掃除のスライムたちは、やっぱり大きな収入源だよな……」
積極的に売り込んでるってわけじゃないんだけど、おそらくリカルド公爵様から話を聞きつけたイーズレリの『聖銀の鷲亭』に1匹卸したし、タチーナのオクサルビ教会からも設置を頼まれた。教会から収入を得るのはなんなので、オクサルビ教の方の収入は月ごとのお布施ってことでそのまま寄付しているけれど。
それから、大きな変化がもう一つ。
『黄金の鷹亭』のトイレにいた【ノービススライム】が【ファルメントスライム】というレア種に進化したのだ。
【ファルメントスライム】になっても排泄物を綺麗に処理してくれるっていうことに違いはないんだけど、なんとこの【ファルメントスライム】は食べた余剰のエネルギーを『肥料玉』と呼ばれる肥料として排出してくれるのだ。
この『肥料玉』って自然界でたまに見つかるもので、農家の人たちに結構良い値段で取引されているものだったんだけど、どうやら自然にいる天然の【ファルメントスライム】が作り出していたものだったようなのだ。
この『肥料玉』自体はマッツさんのレストランに野菜を卸している農家さんに『黄金の鷹亭』から買って貰うってことにして、『黄金の鷹亭』のスライムレンタル料を月10万ピノに増額してもらった。
「他のトイレのスライムはまだ進化してないみたいだけど……他のスライムも同じ進化するのかな? いや、でも【ファルメントスライム】ってレア種みたいだし、他のアンコモン種に進化するって可能性の方が高いかな……」
なんにしろスライムが結構な速度で進化する魔物だってわかったことが大きい。
普通の野生のスライムって弱すぎて、1年も持たずに死んじゃうことがほとんど。
だからスライムに進化する機能があるなんてこと、今まで誰も知らなかったのだ。
僕のスライムたちは比較的安全な環境で生きてるから(それでも偶発的に死んでしまう場合もある)、進化するその時まで生き延びることができる。
進化の条件は、食事の量なのか生きる長さなのか。進化先はどうやって決まるのか……そうこうことはまだわからないけれど、より有用なスライムに生まれ変わってくれることは間違いない。
「……にしても、ホフィンさんと、獣人仲間さんたちは、みんなお尻の問題を抱えてたんだよなあ……」
振動吸収機能付きのソフトクッションになれる【ゲルスライム】、獣人族の乙女たちの間で奪い合いになりそうな大活躍を見せている。
【ゲルスライム】たちは、獣人族女性たちのアイドルになりつつあると言っていい。
アンコモン種なだけあって供給を確保するのは難しいんだけど、少しずつこの稼ぎも増えていくだろう。
試しに生草を食べさせ続けている【ノービススライム】が【ゲルスライム】に進化しないかな……ってのは今密かに目論んでいることだったりする。
「何気にポズちゃんもいい稼ぎなんだよね……」
イーズレリの公爵邸を訪れた機会に、ひょんなことから【ポイズンスライム】が毒の判定に使えるんじゃないかっていう話になったんだけど……
ポズちゃんで実験してみたら、実際にいかなるタイプの毒でも100発100中の精度で毒物を当ててみせた。
王侯貴族の毒見のために、毒感知の魔法が使える人はいるみたいなんだけど、結構レアな職業のよう。
普通に鼻と舌での毒見を生業にする人もいないではないんだけど、それはかなりストレスの溜まる仕事で、長く続けられる人は少ないらしい。
まあそれはそうだろう、死ぬかもしれない食物を毎日口に入れなければいけないのだから。
その点ポズちゃんはいい。
毒が好きで、毒があれば自ら飛びつく。
一方で毒がなければ全く興味も示さない。
毒見の時間で食べ物が冷えてしまうということもないので、より高性能な毒見担当だと言える。
そういう事情で【ポイズンスライム】のポズちゃんはイーズレリに行くことになり、セバスさんと『スライム共有』してから公爵邸に置いて来たのだ。
そんな感じで……
「一人で安定した暮らしができるようになったのは、とても良いことなんだけどね……」
このまま暮らしていくのも決して悪くない人生だとは思う。
だけど、この世界を取り巻く情勢はさほどよくない。
以前シルヴィーも言っていたように、魔王の誕生が近いのか魔物が活性化しているみたい。
タチーナの周りでも普段は見ないような強めの魔物が現れるようになったり、各地で魔物の活動が活発化している。
もし、魔王との本格的な戦争ということになれば、『賢者』のメグ、『聖なる癒し手』のシルヴィー、それに強力な『獣戦士』のホフィンさんなんかも前線へと向かうことになるだろう。
「その時に、僕はここで一人のほほんと暮らしていいのだろうか……?」
それは、ちょっと嫌な気がする。
大切な彼女たちが戦っている時には、同じ場所で僕も戦っていたい……できれば同じパーティーであるならなおさら良い。
そのためには……
「戦う力を、見つける必要があるよね……」
──ソウダネ
「……ん? 今、何か聞こえた?」
キョロキョロと辺りを見回してみたけど……
僕の周りにはふるふる震えるスラくんの姿しかなかった。
ーー No. PD
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