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「もうすぐタチーナにつくな」
「そうですね、帰りはとても順調でしたね……」
「ああ……」
イーズレリからタチーナに戻る旅も3日目に入る。
行くときのようなトラブルが起こることもなく、2日ともしっかりと村の宿に泊まることができた。
最終日の今日もまた順調で、まもなくタチーナにたどり着こうとしている。
旅のお供は行きと同じくホフィンさん。
ちょうどイーズレリで受けた討伐依頼が終わって戻って来たところで、僕の護衛依頼が出ていたんだそうな。
貸し馬車の方は違うもので、操る御者さんも行きの人ではない。
「それで……ゲルツーくんのことなんですけど……」
「ああ、ゲルツーくんを私にレンタルしてくれるってことでいいんだな? この命に代えて大切にすると約束するよ、リートくん」
ホフィンさんがぐっと身を乗り出して来る。
なんだか嫁を迎え入れる前のようなことを言っているホフィンさんだけど、彼女に迎え入れられるのは彼女のお尻の下にいる【ゲルスライム】のゲルツーくんだ。
「ええ、大切にしてあげてください。ただ、ゲルツーくんは『スライム共有』でホフィンさんに懐いているわけなんですが、その効果が切れちゃわないかだけが心配なんですよね。一応職業スキルの理解では大丈夫かなって思うんですが……」
「まあ、君がそう思うのならば大丈夫な可能性が高いのだろう。もちろん職業スキルの細かいところは、実際に確認してみるまでわからないわけだが……」
職業スキルはオクサルビ神から授かった瞬間に、使い方のあらましは理解できるもの。
だけど、その細かい設定については、使ってみるまでわからないこともある。
今回で言えば、『スライム共有』でそのスライムを問題なく他の人に貸し出せることはわかるんだけど、その効果が僕がいないところでも続くのか、その効果がどれだけの間続くのか……そういうことははっきりとはわからないのだ。
ノビーくんとかの場合は隔離されたトイレの中に入ってて、定期的に必ず餌が落ちて来る環境だからいいんだけど、ホフィンさんの場合は体に触れるところで使うわけで……
「ちょっと心配ではあるんですけど……スラくんはどう思う? 大丈夫かな?」
──ふるふる
「スラくんは大丈夫そうって言ってますけど……まあ、試してみるしかないんですよね」
「ああ、スラくんが保証してくれるなら安心感が増すよ。それにテストの分だけレンタル料の値引きもしてもらってるわけだしな……このゲルツーくんは私にはもはやなくてはならない存在だよ。もし『スライム共有』が永続でないならば、何かしら君に『スライム共有』をかけ直してもらう方法を考えなくてはならないくらいだよ……」
ホフィンさんがそんなことを言いながら引き締まったお尻をさすさすと撫でる。
彼女の長年のお尻の問題を解決しつつある【ゲルスライム】は、彼女にとってとても大切な存在になりつつあるようだ。
「お、タチーナに入る外壁が見えて来たぞ」
「おぉっ、いよいよですねっっ」
馬車の走る先を眺めると、見慣れたタチーナの街の外壁が視界に入る。
そしてその中に入ろうとする三つの列が見える。
「今回までは私たちもあの一番短い貴族用の列だ……次からは残念ながら別の列ということになるな」
「そうですか……でも、それがルールならしょうがないですよね」
「ああ、だが冒険者の依頼でタチーナの街の外に出る場合だったら、待つとは言ってもさほどはかからないよ。空いてる時間ならほとんど待たないしな」
「そのくらいなら、待てますね……」
僕たちはそのまま貴族用の列に並び、公爵様の証書を見せることであっさりと門を通過したのだった。
馬車が『黄金の鷹亭』の前に止まる。
「それじゃ御者さん、ありがとうございました」
「いえいえ、またご利用ください」
「ホフィンさん。まだしばらくタチーナで冒険者ギルドの依頼を受けてるんですよね? 近いうちにナーニャさんでも誘って一緒にご飯を食べましょう。『冒険者の台所』あたりで。またホフィンさんの冒険者としての活躍の話を聞かせてください」
「ああ、それはいいな。ゲルツーくんの様子も見ないといけないしな。近いうちに連絡するよ」
「わかりました。それじゃ、またです。護衛ありがとうございました」
「ああ、またな」
馬車に乗ったままのホフィンさんが去っていく。
「さて……長い旅だったけど、ようやくおしまいか……」
自分の家よりも帰るべき場所に思える『黄金の鷹亭』。
僕はその扉をくぐる。
「あ、リートにゃっっ!!! マーシャさんっっ、リートが帰ってきたにゃ!!」
僕を見た受付にいたナーニャさんが挨拶の暇もなく奥へと駆ける。
「なんだい、ナーニャうるさいよ。あんたはもっと落ち着きなさいな。しかし、ようやくリートが帰って来たのかい」
顔を出すマーシャさんをよそに、ナーニャさんは食堂にも駆け込む。
「マッツさん!! リートが帰って来たニャ!!!」
「ナーニャ、落ち着きなさい。だが、リートくんが戻って来たのか。こんなにリートくんが顔を見せないのは初めてだったし、ナーニャが興奮するのもわかるか……」
ぶつぶつ言いながらマッツさんが食堂から出て来る。
僕の前に並ぶ懐かしい三人の顔。
「おかえり、リート。ちょっと大人っぽい顔になったじゃないか」
「おかえり、リートくん。楽しかったかい?」
「リート、おかえりだニャ!」
暖かく迎えてくれるマーシャさんとマッツさん、そしてナーニャさん。
イーズレリへの旅はずっと続けていたいような楽しいものだったけど、ここに来ると帰るべき場所に帰って来たっていう安心感が生まれる。
その思いを、ただ僕は口にした。
「ただいま!!!!」
ーー No. PD
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