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「リートっっっっ!!!!」
大きなお屋敷の門をくぐり抜けると、屋敷の入り口からサラサラの金髪をなびかせる少女が飛び出してくる。
その見慣れた美少女は……
「シルヴィー……じゃなくて、シルヴィア様」
「……」
僕の言葉にシルヴィア様が、ムッとした顔を作って止まってしまう。
「だ、大丈夫ですリート様。この屋敷では問題ありませんので……シルヴィー様をシルヴィーと呼んで、普通に話してあげてください」
慌てたようにそう言ってくるのは、シルヴィーのお付きのメイドさんだ。
彼女はタチーナにもついてきていた人なので、彼女の顔には覚えがある。
まあそう言ってもらえるなら、シルヴィーとは気楽に話したいというのが本音ではある……
「……わ、わかりました……シルヴィー、久しぶりだね」
「……ん……久しぶり、です。リート……それからスラくんも」
恥ずかしそうににこりと笑うシルヴィーはめちゃくちゃ可愛い。
彼女は頭の上のスラくんにも挨拶してくれる。
スラくんもふるふると震えながら、シルヴィーに挨拶を返す。
「……リート、さ、入る、です」
僕はシルヴィーの後に続いて、公爵邸へと足を踏み入れた。
「顔を上げなさい、リートくん。ここは公務用ではない私邸だからね……そんなにかしこまる必要はないのだよ」
そう言われてもこの国で2番目くらいに偉い人にかしこまらないってのはちょっと難しい。
「は、はあ……では、失礼します」
僕は顔を上げる。
目の前にいるのはもちろんラインベルト公爵のリカルド様だ。
もちろん以前お会いした時とほとんど変わらないけど、少しだけ疲れてそうにも見える。
「やあ、リートくん。久しぶり……というほどでもないかな」
「リカルド様。そうですね……数週間ぶりというところですね」
「ああ、イーズレリについてからも待たせてしまってすまなかったね……道中の公務が予定よりも時間がかかってしまったのが一つ。それから、戻ってからのイーズレリの公務でも思いの外立て込んでしまっていてね」
「いえ、リカルド様がお忙しいことはわかってますから。僕はリカルド様の取り計らいで『聖銀の鷲亭』でのんびりしてただけですし、ホフィンさんもいてくれましたしね」
「そうか、それなら良かったよ……さて、君にここまで来てもらったのはこの公爵邸のトイレをタチーナの『黄金の鷹亭』のような無臭トイレに変えてもらうためだったわけだが……」
リカルド様が言葉を区切り顔を真剣なものへと変える。
「ちょっと事情が変わりつつあるのだよ」
「事情が、変わりつつある……?」
「ああ……イーズレリの庶民街で流行り始めている伝染病については聞いているかな?」
「はい。今の所庶民街で食い止められていると聞いていましたけど」
「ああ、幸いなことに、感染の広がる速度はさほどでもないようでね。接触しただけで感染するような類の病気ではないようなのだよ」
「……接触で、感染しない、伝染病?」
字面的にちょっと不思議な感じもするけれど……
「ああ、それで、我々は感染者がどこで病気にかかったのか、徹底的に追跡調査を行ったのだよ……結果はね、どうやら庶民街の公衆トイレを利用したものの多くが病にかかっているようなのだ」
「公衆トイレ……排泄物で感染するってことですか」
「ああ、その可能性が高いだろう」
あ、なんとなくわかったぞ。
「……僕のスライムを、公爵邸ではなくそこに使おう……ってことでしょうか?」
「その通りだよ。それで全ての感染が防げるわけではないだろうけど、できれば大元になっている公衆トイレの状況を改善できないかと思ってね。公衆トイレの汚物の汲み出しはこまめにやってはいるんだが、その場で次々と処理できる君のスライムなら、もっと効果があるんじゃないかと思っているんだ」
「わかりました。やってみる価値はありますよね……あ、でも……」
「でも……何か問題が?」
僕はちょっと思いついたことを、リカルド様に告げる。
「最近『スライム増殖』ってスキルを得て、一匹のスライムを今のところ1回までなら2匹に増やすことができるんです。とりあえずその公衆トイレに一匹を入れてみて、様子を見ながらもう1匹をどうするか決めるのはどうでしょう?」
「おお、それはとてもいいアイディアだね! ではそのようにしよう。あ、もうこんな時間か……すまないが次の公務が控えていてね。また夕食の時にでも。セバス、リートくんのスライムの設置の補助を頼めるか?」
「もちろんです。私におまかせください」
リカルド様はそれだけ言うと、慌ただしく応接室を後にした。
タチーナでもお世話になったセバスさんがまた手伝ってくれるようだ。
「リート様、『スライム増殖』はすぐにでも可能でしょうか?」
「はい。増やすスライムはこの中にいるので」
手に持った運搬籠をポンポンと叩く。
「ただ、最初に『スライム増殖』を使った時は、スキルエナジーが枯渇しちゃったんですよね。もし僕が倒れちゃうようだったら、僕が起きるまでスライムのことをそっとしておいてください」
「かしこまりました。では、念のため隔離した個室で行うことにしましょう」
セバスさんに案内された部屋で、僕は【ノービススライム】のノビーちゃんに『スライム増殖』をかける。
結局、心配していたようなスキルエナジーの枯渇が起こることはなく、無事”動物の糞”好きのスライムを2匹に増やすことができたのだった。
ーー No. PD
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