3−11 港町イーズレリへの到着

 

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「うっわあぁっ……すっごい眺めっ……」

馬車が峠を越えた瞬間…………目の前に広がったのは、キラキラと光る、視界を埋め尽くすような大きな水たまりだった。

波打ち光り輝くこんなに巨大な水たまり。

こんなの僕は一度も見たことはない。

「リートくん、これが海というものだよ」

「これが……海…………」

口を開けたままの僕を、ホフィンさんが微笑ましいものを見るような目で見て来る。

「それに……すぐに見えて来るぞ……」

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」

峠の頂点の先をまっすぐに下る坂道。

海の手前に円形に広がる真っ白に染め上げられた都市。

一面の白に染まった大きな街こそが……

「こここそが白磁の街と呼ばれるイーズレリだよ……」

ラインベルト公爵様が治める港町イーズレリだったんだ。

 

 

一夜の過ちを犯すことなく起きた僕たちは、無事に修復された橋を越えた。

その後は特に何の問題もなく、ただ街道を走り続ける旅路。

最初の予定よりも少し長くなった3日目の旅を終え、僕たちは無事にイーズレリへと到着することができたわけだ。

「あそこが見えるかい、リートくん」

「ええ、ホフィンさん。めちゃくちゃ長い列が一列。そこそこの列が1列。それからガラガラの列が一列ですね」

イーズレリの街を囲む外壁、その中心にある壁門。

そこに向かって3つの列ができていた。

「ああ、その通りだ……私たちが向かうのはどこだと思う?」

「……一番長いの……だとは思いたくないんですけど」

「ははっ、その希望は叶えてあげられるね……というか、一番短いところだよ。考えてみるといい、君は公爵閣下の直接の招きでここイーズレリに来てるのだよ。こんな馬車に乗ってるとはいえ、堂々と一番短い”貴族用の列”に行く権利があるって訳だ」

「こんな馬車ってそりゃねえですぜ、姐さん。あっしの馬車はここいらじゃなかなかのものですぜ……」

「ああ、すまんな。あんたの馬車は、A級冒険者の私からしてもなかなかのもんだとは思うぞ」

「ありがとーごぜーます……ってお世辞はいいので、姐さんが貸切馬車が必要な折にはまたお願いしますぜ」

「ああ、もちろんだよ。価格は勉強して欲しいものだがな……」

「もちろんでっせ」

軽快に言葉を交わす御者のおじさんとホフィンさん。

その目は笑ってるような本気なような……なんとも言い難いものだ。

きっとこういうやり取りは半分社交辞令で、半分本気の商談なんだろう。

「さて、リートくん。冗談はこのくらいにしておくとして……私たちが向かうのは貴族用の列ということになる。待ち時間がほとんどないどころか、向こうから茶をいれてくれるくらいの列だ……と聞いている。至れり尽くせりというわけで、今回は何の問題もない訳だが……」

「訳だが……?」

ちょっと言葉を区切ったホフィンさんに聞き返す。

「君も今後イーズレリに来ることも多かろう。その場合は、普通の列に並ぶことになる訳だからな。一応説明しておこうと思うのだが……」

「はい、ありがたいです。よろしくお願いします」

ホフィンさんがコクっと頷く。

「よろしい。それでは、一番長い列からいこう。ここはすべての一般庶民用の列だ。商人、他都市から向かって来た冒険者、それから難民とかもそうだな、そういったすべての人々が並ぶ列だ。犯罪者として登録されてでもいなければそのまま街には入れるが、手続きにはそれなりに時間がかかるな。もちろん順番を待たなければならないし、この列は日が暮れるくらいの6時で閉まる。この列に並ぶ必要がある時には、それなりに時間に余裕を持ってイーズレリに……というか他の街に行く場合でもそうだが、到着しておく必要があるのだ」

「なるほど……並んでても時間に間に合わなかったら街に入れないんですね?」

「その通りだ。受付が終わっても列を作ったまま待つことは自由だし、魔物の襲撃があるような場合は街の警備兵が出て来てくれる場合がほとんどだが……それでも野営にはそれなりの危険が伴う。まあ手続きに3時間を見て、午後3時くらいにはついておいた方が無難だろうな……」

僕がホフィンさんと経験した野営は、正直楽しいといえるものだったけど……普通はそういうものではないんだろうな。

「わかりました……それじゃ、最後のほどほどの列は?」

「あれは、イーズレリに居住している冒険者用の列だよ。イーズレリから日帰りから2日くらいで戻ってくる依頼に出る場合に使える列だな。彼らが持ち帰って来る薬草やら採取品は街にとって重要なものだからな、そういう意味で厚遇されているんだよ」

「なるほど」

まあそれもそうだろう。

日帰りで薬草を取ってくるって依頼で、街に戻って入るのに3時間待つってんじゃ仕事にならない。

「冒険者用の列はすべての街にあるわけではないな。小さな街の場合は一般用の列と一緒にされることもある。そういう小さな街では大して時間がかからないからな……っともう順番か、本当に貴族用の列は早いな……」

外壁の門に近づいたところで、しっかりと武装した警備兵の一人が近づいてくる。

「お待たせしました……」

「ああ、私はA級冒険者のホフィンだ……」

ホフィンさんが冒険者証を見せながら話を始める。

「……ラインベルト公爵様に招待されている旅人を護衛している。リートくん、例の公爵様の証書を見せてくれるか」

「はい……」

話を向けられた僕は、かばんから丁寧にとっておいた証書を取り出す。

警備兵の人が受け取り書かれていることを確認する。

「これは……あ、リート様ですね。公爵様の方からお話は聞いております! 公爵様が戻られている場合は公爵邸に、そうでない場合は『聖銀の鷲亭』に皆様をお連れするように言われておりますが……確認しますので、こちらでお待ちください」

警備兵の人に外壁についた扉から一室に案内される。

ふかふかのソファーに腰掛ける僕たち。

「お飲み物は、如何されますか? お茶でも、ジュースでも、エールでも、準備できますが?」

「ぼ、僕は、み、水で……」

「私は……もうここまでくれば心配もいらないだろうし、エールでいいか」

「あっしも、今日は宿に行って寝るだけ。エールをお願いしますぜ……」

「わかりました……いまお持ちしますね」

警備兵の人がすぐに水と二つのエールを持ってくる。

「すぐに確認できるはずなので、ちょっとだけお待ちください……」

「わかりました」

僕はカップに入った水を恐る恐る飲む。

対照的に、隣のホフィンさんはグビグビとエール酒をのみくだす。

「……ぷはぁっ。さすが公爵領。いいエールを備えているなっ!」

ビクビクしてた僕がバカらしくなるくらいの、清々しいまでの飲みっぷりだ。

「ですなあ。わっしも、このエールは好きな香りですぜ。どのバーで飲めるのか聞きたいくらいですぜ」

チビチビとエール酒を舐めるように飲む御者さん。

「そうだな。ぜひ聞いておくべきだろうな。ところでイーズレリのメーズリーってバーはいいエール酒を置いてるんだが、知っているか?」

「ああ、あっしもメーズリーは知ってますよ。濃いエールが好きならあそこが一番ですね……ですが、最近はやりの氷エールが好きなら……」

僕にはわからないエール談義に盛り上がり始める二人。

二人がエール酒をのみくだす頃に、出て行った警備兵の人が戻ってくる。

「お待たせしました。公爵様の方と確認が取れ、公爵様は予定外の事情でまだイーズレリに戻られていないそうです……『聖銀の鷲亭』でお待ちいただくということでよろしいでしょうか?」

「僕は構わないのですが……」

程よく血行をよくしたホフィンさんと御者さんをみやる。

「お連れの方も『聖銀の鷲亭』での宿泊を望むなら、特に警備のホフィン様は公爵邸につくまでの警備を受けているということですので……」

「ということなんですが……ホフィンさんと、御者さんは?」

「……そういうことなら、あの『聖銀の鷲亭』に泊まれる機会はなかなかないしな……」

「あっしも受ける……と言いたいところなんですが、帰り便を明日の朝から受けてしまってるんです。あっしは、遠慮しましょうかね……」

「それでしたら、今日の夜だけでも『聖銀の鷲亭』にお泊まりされたら如何ですか? 公爵様からいかなる場合でも費用は持つとおっしゃっていますので……」

「そうですか……それじゃ、今夜だけお言葉に甘えてあっしも……」

ということで僕たち3人は外壁を抜けて『聖銀の鷲亭』へと向かうことになったのだった。

 

 

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ーー No. PD

 

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