3−8 イーズレリへの旅立ち

 

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「あ、お待たせしてすみません」

僕が約束の場所にやってくると、そこにはすでに僕を待つ大柄な犬人族の女性の姿があった。

「いや、私がちょっと早く来ていただけだ。そういう性格でな」

「それは……ナーニャさんの友達だとは思えない性格ですね」

「ふふ、君も言うな……しかし、実際にそうかもしれないな。ナーニャのやつはいい加減だから、さて、ナーニャから名前くらいは聞いているかもしれないが、今回君の護衛を引き受けることになったホフィンだ。冒険者ギルド経由で公爵様から君の護衛の依頼を引き受けた。職業は『獣戦士』で、一応A級冒険者だ」

ぐっと背筋を伸ばして挨拶するホフィンさんはとても格好良い。

「A級……すごいですね。こちらも名前はご存じかもですが、僕はリートです。イーズレリまで、よろしくお願いします、ホフィンさん」

「ああ……君は聞いていた通り、12歳だとは思えない賢さ、というか礼儀正しさだな……」

「……そうですか? 黄金の鷹亭の手伝いをすることが多いので、そう感じるのかもしれませんね……」

「そうかもな……それじゃあ、早速出発しようか。今回の旅はラインベルト公爵様から場所が手配されてるから、詳しい話は馬車の上でしよう」

「わかりました」

ホフィンさんの後に続き、僕は馬車へと乗り込んだのだった。

 

 

街の門を抜け、馬車は軽快に進んでいく。

街の周りは果樹園やら農地なんかもあったけど、すぐに街道以外のものは自然の草原や山だけになってしまう。

初めての町の外の景色に興奮してたのも落ち着き、僕は馬車の中のホフィンさんに視線を戻す。

「馬車って、結構揺れるんですね……」

ガタガタと跳ねる座っている椅子。

1日乗っていたらお尻が痛くなってしまうかもしれない。

「ああ、馬車というのはこんなものだよ……さて、今回の旅について説明しようか」

馬車の中で立ったままのホフィンさんが僕の方に向き直る。

「今回はこうして馬車の旅となるわけなので、イーズレリまでは3日がかかる……幸い3日ともちょうどいいところに宿屋を構えている村がある。道中でトラブルでも起こらなければ宿のベッドで眠ることが可能だろう」

「はい、聞いていた通りですね」

「ああ。それから、タチーナからイーズレリまでの道中は極めて安全なものだ。盗賊の多いような場所はないし、流れてきたとしても冒険者かラインベルト公爵の領兵にすぐ討伐される。魔物はいるにはいるが、私一人で対処できないような危険な魔物が出ることはまずないはずだ」

「そうですか……それなら安心です。ね、スラくん」

──ふるふる

ゲルくんに寄生して、僕の膝の上に座っているるスラくんがふるふると同意する。

ちなみに今回の主役のノビーちゃんは、冒険者ギルドで使う壊れ物運搬用の籠を貸してもらって、その中に入ってもらっている。

衝撃吸収の工夫がいくつも付けられた高級品らしいけど、公爵様の元にスライムを運搬するってことであっさりと許可がおりた。

「ふふ、そのスライムは可愛いな……さて、というわけで、基本的には馬車の中でのんびりしていてもらえばいいというのが今回の旅だ。万が一、私の手に負えない魔物や狼藉者が出るようなことがあったら、私が足止めしている間に御者とともに馬車で逃げてもらうことになるが……その可能性はまずないと言っていいだろう」

「はい、わかりました……イーズレリまで何も起こらないといいですね」

「ああ、そうだな……」

そう言ったホフィンさんは、馬車の上で立ったまま周囲の警戒にあたるのだった。

 

走ること3時間ほど。

同じような馬車や、冒険者のグループが集まっている広場に到着する。

「……ここは?」

「休憩や、必要ならば野営に使われる場所だな。まあ、これだけ人が集まっていれば普通の魔物は近づいてこないし、安全というわけだな……我々もここで昼食にしよう」

「わかりました」

用意しておいたお弁当をホフィンさんと二人で食べる。

御者の人は他の馬車の御者と知り合いなのか「時間までに戻りますんで、ちょっと行って来ます」と、ご飯を食べに行った。

 

昼食を終え、御者が戻ってくるのを待ってから、出発する。

先ほどまでは平地をずっと走っていたのだけど、ちょっと山間に入っていくような道になっている。

「あの、ホフィンさん?」

「ん、どうした?」

「朝からずっと立ったままですけど……座らない、んですか?」

「ああ、警戒、のために、な……」

「……でも、座ってても360度全部見えますよね……」

そういうとホフィンさんはちょっとためらう様子を見せる。

「ふう……隠してもしょうがないか。お恥ずかしい話なんだが、ちょっと尻にキレの病を抱えていてな……馬車に座るのは、響くというかな、とても堪えるのだよ」

尻にキレの病…………ああ、痔のことか。

そういえばその辺りにたくさんの毛が生えている獣人族の人は、お尻の病気を患いやすいって聞いたことがあるな。

「クッションとかは?」

「いくつか市販のものは試してみたんだがな、患部に衝撃が来ないほどのいいものはなかったのだよ……まあ、心配するな。疲れるのは確かだが、3日ほど立ちっぱなしだからってなんとかなるようなやわな鍛え方はしてないから」

「そうですか…………ん?」

頭の上に乗ったゲルくん、もとい憑依したスラくんがふるふると震える。

膝の上にするすると降りて来たスラくんは、ぷるんっとゲルくんの中から出て、ふるふると震える。

「え、ゲルくんが……確かにゲルくんは柔らかいのに丈夫で、衝撃も吸収するみたいだけど……まあ、試してみる価値はあるか」

頭の上の定位置にスラくんが戻るのを待ってから、ゲルくんの体を持ち上げる。

「あの、ホフィンさん。この子、【ゲルスライム】のゲルくんって言うんですけど……」

「ゲルスライム……? 確かに普通のスライムより白く濁っているようだが……」

「ええ、丈夫で柔らかいのが特徴なので、ホフィンさんのクッション代わりにいいかもしれません」

「ええ!? クッション代わりに、スライムを……? 確かに、硬そうには見えるが、スライムはスライムなのではないのか? それに、尻に《溶解液弾》を食らった日には目も当てられないことになりそうだが……」

「あ、それは、大丈夫です。僕と仲良しのスライムを貸し出せるスキルがあるので。今使いますね……『スライム共有』対象《ホフィン》」

相変わらず結構な量のスキルエネジーが抜けていくのがわかる。

「ぬ……くすぐったいというか、身体の真ん中に、何かが入ってくるような感覚だな」

目を細め、体をむずかゆそうに震わせるホフィンさん。

シルヴィーも似たようなこと言ってたけど、一体どんな感覚なのだろうか。

「これで、ゲルくんがホフィンさんに攻撃することはありません。念のためゆっくりと体重をかけてみてくれますか?」

「ああ、試してみよう」

ホフィンさんは椅子に置いたゲルくんの上に恐る恐る腰を下ろしていく。

彼女は体重を支えていた手を、恐る恐る離していく。

やがて、ホフィンさんは全ての体重をゲルくんに預けたけど、ゲルくんは全く問題がなさそうだった。

「……ぉおっ、これはいいなっ! お尻を包むように柔らかいのもいいし、程よい温もりまである。しかも、馬車の衝撃が全く伝わって来ないぞ……これはどうなってるんだ?」

「へえ、そこまで……衝撃吸収性がありそうな感じはしてたんですけど、完全に消せるってレベルだとは思ってませんでした」

「いや、これはすごいぞ。なんともくせになりそうな心地よさだ」

「それじゃ、旅の終わりまでお貸ししますので、ぜひ使ってください。ホフィンさんがずっと立ったままじゃ大変でしょうから」

「いいのか……? 君のそのスラくんも、このゲルくんを使ってたのでは?」

ホフィンさんがお尻の下と、僕の頭の上を交互に見る。

確かにスラくんはゲルくんに《寄生》してた方が安全ではあるんだよな。

「スラくん、どうする、これホフィンさんに貸してあげてもいい? それとも……」

──ふるふる、ふるんふるん

「えっっ……そのゲルくんはあげるけど、スラくんにも一つ欲しいって? でも、そんなことできるの……」

スライムを増殖させるなんてできるのだろうか、なんて考えていると……

──『スライム増殖』を取得しました。

例の中性的な声が脳内に響く。

「……って、できるのかよっ!」

なんとなく中空に向けて手のひらを振り抜く。

「ふふ……リートくん、なんだか面白い動きをしてたけど、どうしたんだい?」

「あ、いえ、その、ちょうどよく新しい職業スキルが得られて……ホフィンさん、1回立ち上がってもらってもいいですか?」

「ああ」

立ち上がったホフィンさんのお尻の下から出てくる、ゲルスライムのゲルくん。

ちょっとペッタリとつぶれた形になってるけど、特に問題はなさそう。

僕は彼を手のひらの上に取ると……

「……『スライム増殖』」

新しく得たばかりの職業スキルを使う。

がっつりと大量のスキルエナジーが抜けるのを感じる。

目の前で二つになったような気がするスライム、だけどその視界がやけにぼやけている……

「……って、あれっ?」

頭がスーッと冷たくなるような感覚と共に、視界がブラックアウトする。

僕の意識はそのまま完全に落ちてしまった。

 

 

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ーー No. PD

 

 

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