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「禍々しい術式じゃのお……」
黒紫色のワンピースに身を包んだ黒髪の美少女が、宙に浮かび遠くを眺めていた。
彼女の視線の先では太い光の柱が天を貫いており、一見したところでは非常に幻想的で美しい光景だ。
だが……
混じる爬虫類を思わせる黒の染み。
柱から吹き出す炎のような赤黒い煌めき。
時折瞬くように現れる灰色の斑点。
なんとも言えない不気味さもまた混在していた。
「元の召喚術式は古代天翼人の開発した魔法じゃったよな……それを、こうも不快なものに書き換えるとはのお……じゃが、効果は間違いなさそうじゃの……」
美少女は不快そうな顔で、その魔法が順調にその効果を発揮しつつあるのを確認する。
「数百年前のあの異世界人……とてもいい男ではあったが、人族にとっては召喚の失敗だったのじゃろうな」
拳を交わし、言葉を交わし、酒を酌み交わした異世界人。
相棒とも親友とも言えた男のことを思い出す。
彼女はあの男のような悲しいものが二度とこの世界に現れなければいいと思っていたのだが……その願いが叶うことがなさそうだった。
「もはや魔法陣の発動を止めることは不可能じゃな……じゃが人族どもよ、その結果を操作するくらいの邪魔はさせてもらうぞ……」
美少女の手が前方に伸びる。
美しい漆黒の闇を纏う彼女の腕。
その漆黒の闇が光の柱に向けて凄まじい勢いで伸びる。
光の柱の一点を貫いた闇であったけれど、その境界で闇と光の奔流は拮抗している。
「くぅ……流石にこの大きさの魔法陣に干渉するのは骨が折れるの……しかし、なんじゃこれは、《異世界言語翻訳》はともかくとして、《隠蔽》《レベルアップ促進》《創造》《アップグレード》《体内ポーション精製》、それに《アイテム収納》じゃと……他にも強化術式が色々と組み込まれているのお。しかも……召喚者への隷属術式まで……」
美少女はキッと光の柱の立つ方向、人族の国ディノクを睨みつける。
「こんな命の理を外れる人外奴隷を作り出す邪法など用いおって……相変わらず人族の王は碌なことをしないのじゃ!! ……でも、今ならまだっっ、なんとかできるはずっ……はぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
少女が闇を纏う腕に力を込めると、少女の指先から伸びる闇の色がより純粋な黒へと近づいていく。
そして漆黒の闇が光の柱を沿うように上昇を始め、その光の終点を目指して昇っていく。
やがて……
「……捕らえたのじゃっ……なんじゃここは、個室のドアが3つついていて、鏡があって……何をするのに使うのかよくわからない場所じゃの」
彼女が光の柱を追いかけ覗き見た世界の中には、不思議な建物が写っていた。
彼女に異世界の知識があれば、それが公衆トイレであることはすぐに分かっただろうが、彼女にはそんな知識はなかった。
「いずれにしろ……」
光の筋はその内の一つの個室へと続いている。
「力の流れを断ち、スキルの書き込みを阻害してやるのじゃ……ふううぅぅぅぅっっっっっ!!」
美少女は再び闇に力を注ぎ込む。
安定して個室に向かっていた光の筋が動きをブレさせ始める。
その先端は個室の扉にぶつかり、隣の個室に入り込み、近くにある収納倉庫のようなものの中に入り、そして鏡の前の陶器作りの不思議な装置にもぶつかる。
元の個室に戻ろうとする光の筋だが、美少女はそれを許すことはない。
彼女がそのまま妨害を続けることしばらく……
「スキルの書き込みは終わったようじゃな……メインの召喚の術式が始まる……くっくぅううっっ、ぁぁあっ!!!!」
先ほどまで余裕を持っていた少女の顔が歪む。
「……はぁはぁっ……やはり、召喚の術式を妨害するのは、無理そうじゃな……じゃが、せめてっっ、はぁぁぁぁぁっっっっ……」
この世界で一番の魔力量を誇る彼女……魔王の全力の魔力が注がれる。
「ぁぁぁぁぁああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!」
召喚術式が発動し光の柱の頂点から、何か小さな建物ののようなものが見えた瞬間……
魔王の目の前に存在していた光の柱が、世界に溶けるように消え失せた。
「はぁはぁっ……」
宙に浮いたままの美少女が、肩を落とし息を荒げる。
「……召喚者へのスキルの付与は妨害できたと思うのじゃが、召喚自体と隷属術がどうなったかは正直わからんの……しばらく人族の国の様子を伺う必要がありそうじゃの……」
彼女は疲れた様子で、ふらふらと魔族国ジーアに向けて飛び去っていったのだった。
ーー同時刻、ディノク王国
魔法陣から伸びる光が消えた瞬間。
魔法陣の中心に先ほどまでいなかった誰かの姿がある。
呆然としているその人影に向かって、宮廷魔術師イージスは駆け寄る。
「勇者様っっ! お待ちしておりましたぞっっ!」
そんな男たちを前に……
「……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
魔法陣の中心に座った女性は強烈な悲鳴をあげる。
「なんなのっっっ、私トイレでおしっこしてたはずなのに、ここっ、これっ、なんなのっっ! 何それコスプレなのっ? あんたたち変態なのおっ?」
それも無理はないだろう。
ズボンのようなものを膝まで下げた格好の女性。
その女性の股座からは、弱々しい水流が未だ流れ続けているのだから。
「ゆ、勇者様、落ち着いてくだされっっ」
「ヒィっ、近づかないで、こっちこないでよぉっっ!」
慌てるイージスと我を失った勇者を前に、騎士団長のフレッドは小さくため息をつく。
「最悪のタイミングの召喚だな……」
彼は召喚術式のための部屋から廊下に出ると、女官を呼んで勇者の対応を任せるのだった。
ーーNo. PD
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