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重々しい空気に満たされる石造りの大きな部屋。
その最奥に置かれた豪奢な椅子に、一人の男が座っていた。
皺に包まれた男の顔は老人と言って差し支えのないものに見えるが、その目の奥に宿る光は鋭い。
人族の大国であるディノク王国。
その王たる男スペンサー・ディノクは、背筋を伸ばし男の前に控える配下たちを見下ろしていた。
「王よ」
その男の前、白いローブを身にまとった初老の男が発言の許可を求める。
その男……宮廷魔術師長・イージスの顔は、何かをやり遂げた、そんな達成感のような色に染められていた。
「イージスか……良い知らせがありそうだな」
「はいっ、王よっ! ついに、黒龍の逆鱗が手に入りましたぞ……つまり、全ての、異世界勇者の召喚に必要な全ての準備が整いましたぞっっ」
「……ついにか。さすがは宮廷魔術師長よ。これで、これで余らの悲願が叶うのだな……」
「はいっっ」
王は目を瞑り、何かに思いを馳せている。
そんな王に声をかけるものがいた。
「王よ」
立派な騎士鎧に身を包む壮年の男は騎士団長・フレッド。
「フレッドか……いかがした?」
「その、異世界勇者ですが……危険は、ないのですかな?」
「危険……とな?」
「召喚魔法陣に呼ばれる勇者は、ただでさえ戦闘適性のあるものが召喚されると聞いております。そこにイージス殿はいくつもの強化術式を組み込んだと聞きます。万が一そのものが反逆した場合には……」
「ふむ……イージス」
王は宮廷魔術師長に話をするように促す。
「はい。フレッド殿の言う通り、確かに召喚される勇者は極めて強大な存在となるでしょうな。我らと意思の疎通を図るための《異世界言語翻訳》。魔物や人から身を隠すことのできる《隠蔽》。魔物の肉を食らうことで迅速に成長する《レベルアップ促進》。思うがままのアイテム・装備を製作することのできる《創造》。装備した武器防具を成長させる《アップグレード》。即死さえしなければ回復することのできる《体内ポーション精製》。いくつもの装備を持ち歩くことのできる《アイテム収納》。召喚陣には他にもいくつかのサブスキルの習得を組み込んでおります……これらのスキルはただでさえ強い勇者を、人族と言う種の一つ上の存在に押し上げるものと言って良いでしょう」
「では、フレッドが言うように異世界勇者は我らにとって危険な存在になる……そう考えるか?」
イージスはニヤリと笑う。
「いえ……そのための黒龍の逆鱗でございますぞ。黒龍の逆鱗には強力な隷属機能がございましてな、これを召喚陣にうまいこと組み込むことができましたぞ……つまり、召喚される勇者は召喚された時にはすでに我らの僕。と言うことになりますぞ……くくくっ」
「……であるか。フレッドよ……まだ何か危惧はあるか?」
「正直に申せば、この世界のことのために異世界人を従わせる、と言うのは好かぬ発想ですな。ですが、この大陸の統一のために、魔族に虐げられる人々を救うために……それが必要であると言うことにも同意いたします。そのくらいの存在でなければ、あの魔王アシュリーの率いる魔族軍とは戦えんでしょう……」
「であるな……余もお主の純粋たる理念には賛同する。だが、お主の言う通り、この世界で魔族により苦しむ人族、そしてエルフ族、獣人族のため、余は異世界勇者の召喚は必要なことであると考える。だが、フレッドよ……お主には今まで通り召喚勇者に頼らずの作戦を進めてもらいたいとも思っている。お主には期待しているぞ」
「はっっ!」
「他のものもそれで良いなっ!」
「「「「はっっっ」」」」
「よきかな……」
そんな王の声を合図に、国の重鎮たちが一人一人と部屋を去っていく。
部屋に残ったのは王、そして宮廷魔術師長のイージスだけだった。
「それで、イージスよ。隷属術式には問題がないのだろうな?」
「お任せ下さい、王よ……基本的には自然と我らに好感をもち、我らの指示に従いたくなる。そんな術式が魔法陣に組み込んでございます。フレッドのようなものたちのことを考えるとそれが良いでしょうからな……」
「あやつはまだ若い……有能なのは間違いないが、少し融通が効かぬの」
「はっっ……その通りでございますぞっ。人族こそが、そして王を頂点とした我々こそが、この大陸の支配者。やつもそれをもう少し理解するべきでございますなっ」
「その通りだ……しかし、フレッドではないが、そのような術式では、万が一……があるのではないか?」
「ご安心ください王よ……もちろん、その基本モードに加え、もしもの場合には自我を奪い強制的に命令に従わせる。そういう隷属モードも準備してございますぞ……」
「完璧だな……余らのため、せいぜい異世界勇者には働いてもらうとしよう。魔族領が手にはいれば、余らの宴もますます楽しいものになるに違いない……」
ニヤリと笑った王は、パンパンっと手を叩く。
奥の扉が開き、首輪をつけられた裸の女性たちが、酒や豪奢な食べ物を手に部屋へと入ってくる。
女性たちの姿形は様々だった。
角の生えた魔族の女性。
耳の長いエルフ族の女性。
獣耳、獣尻尾の生えた獣人族の女性。
そして……王たちと同じ姿を持つ、人族の女性。
瞳を悲しげな色に染めた女性たちは、王、そしてイージスの元に傅くのだった。
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「イージスのやつめ……あの男はどうにも好きになれん……」
「宮廷魔術師長様ですか?」
フレッドの声に反応したのは、隣を歩くブロンドの髪が美しい女性だった。
「ああ、そうだ、フィリス。まだ機密だが……イージス主導で異世界勇者の召喚が実行されることになった……」
「異世界の、勇者様……ですか」
「ああ、哀れなことよ。適性はあるのだろうが、知らぬ世界から呼び出され、知らぬ世界のために戦わされる……そんなこと本来ならば許されるべきではないのだがな……」
「そうですね……でも、魔王アシュリーの軍は……」
「ああ、奴らは強い。何かがなければ勝てん……それは確かだ」
立ち止まり向かい合うフレッドとフィリス。
「フィリス……例の作戦、進めてもらえないだろうか?」
「例の……死の砂漠越えで魔王アシュリーを直接叩くという、あの作戦ですか?」
「ああ……もはや異世界勇者召喚は止められないだろう。だが、敵の王たるアシュリーがいなければ、勇者の危険もだいぶ少なくはなるはず。もちろん……作戦を実行するフィリスの部隊の危険ははかり知れんが……」
心苦しそうに告げるフレッド。
「わかりました……軍にいる以上、危険があるのは承知しています。私の部下たちもそうでしょう。この国の人々のため、私たちは作戦を成功させてみせましょう」
「すまんな……頼んだぞ、フィリス」
頷きあったフレッドとフィリス。
二人は前に向き直りゆっくりと歩き出した。
ーーNo. PD
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