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ゴブリンを倒しまくっていた一番大きな理由は、よくある異世界ものよろしくレベルが上がらないかなって期待。
そう、異世界といえばレベルアップ。
経験値を得ることで、全ての能力がアップしちゃうという異世界やゲームに特有の素敵システム。
もしレベルが上がって身体能力なりがあがるなら、オークとだって安心して戦える。
レベル1の今だってゴブリンとは戦えてるわけだし。
だけど、残念なことにこの願いは今の所叶えられてはいない。
身体能力は少し上がった気がするけれど、それは単純にゴブリンとの度重なる戦闘で鍛えられた分だと思う。
最初はしょっちゅう筋肉痛になっていたヒョロイ腕や足も、今は筋肉質になり一回り太くなっている。
この体で元の世界の戻ったら、結構女の子にモテたりするんじゃないかな……なんてことをちょっと期待してしまう。
そんなわけでレベルが上がることはなかった僕なんだけど、実は意外なところでレベルアップ現象が起こっていたりする。
「……なぜかトイレが、レベルアップするんだよな」
生肉を食べたせいなのかちょうどよくもよおしてきたので、トイレとして使っている左端の個室の扉を開ける。
詳細は割愛するが、トイレに座って生理現象をさっさと済ませる。
「さて……今回はどうかな?」
ウオッシュレットでお尻を洗った後に、僕はトイレを流すボタンを押し込む。
『トゥルーン……異世界トイレのレベルが3に上がりました』
脳内に流れる、不思議な機械音、そしてレベルアップのアナウンス。
そう……確かに、この世界で僕自体はレベルアップしない。
だけど、僕と一緒に元の世界、この世界からみれば異世界、から飛んできたこの異世界トイレ。
何匹のゴブリンを倒しても僕は一向にレベルが上がらないってのに、なぜかトイレでしかないこいつがレベルアップするのだ。
しかもトイレを流した時っていう微妙なタイミングで……
いや、トイレというものの存在意義を考えたら、そのレベルアップのタイミングは決して間違ってないんだろうけどさ。
ただ水を流しまくればレベルが上がるってわけじゃないので、何かしらレベルアップの条件はあるんだろう。
いずれにしろ、レベルアップの後には……
『レベルアップ特典を選んでください
1 アイテム追加
2 アイテムアップグレード
3 個室追加
4 個室アップグレード
』
という質問が続く。
前回の時は特に考えることもなく、2番のアイテムアップグレードを選んだ。
そのときアップグレードできる選択肢は、【異世界ポーション水】、【異世界モップ】、【異世界バケツヘルム】だった。
ちょっと悩んだ末に【異世界モップ】を選んだわけなんだけど……
『【異世界モップ】をアップグレードします。【異世界モップ】が【異世界モップ Lv.2】になりました。《魔断ち》のスキルが使用可能になりました』
トイレに続いて、モップまでが僕より先にレベルアップしてくれちゃったのだ。
ちなみに《魔断ち》のスキルはさっき僕がマジックゴブリンのファイアーボールを斬ったアレのこと。
”魔断”の呪と共にモップと魔法をぶつけるだけで、魔法の影響を受けることなく安全に魔法をキャンセルすることができるのだ。
おかげでマジックゴブリンへの対応は、だいぶ余裕を持てるようになった。
「今回はどうするかだよな……個室追加は、多分トイレの個室を追加するってことだよな。普通に考えたら、トイレの敷地の拡張パックって考えていいはず。興味はあるけれど、今この時に必要なことじゃない……」
個室は三つもある。
そして僕は一人。
トイレには個室が1個あれば問題ないし、他の個室だって物置にしか使っていない。
「そういう意味では……個室アップグレード、が気になるんだよな。きっとこれってそのままの意味で、トイレの個室をアップグレードできるってことだよね……どんな機能がつけられるんだろう……」
リニューアルしたばかりのこのトイレは、すでに最新型のトイレだ。
ここにどんな機能がつけられるっていうんだろうか?
いずれにしろ……
「オークとの戦いを考えるなら、アイテム追加かアイテムアップグレードだよな。できれば攻撃力を増やしたいし武器が欲しいところ……【異世界モップ】が使い慣れてるし、【異世界モップ】がもう1段階アップグレードできるならベストかな……よしっ、2番のアイテムアップグレードに決めたっ!」
『レベルアップ特典を選んでください
1 【異世界モップ Lv.2】
2 【異世界ポーション水】
3 【異世界バケツヘルム】
4 【異世界ペットボトル】
』
お、ラッキー……
どうやら【異世界モップ】をもう1段階アップグレードできるようだ。
『【異世界モップ Lv.2】をアップグレードします。【異世界モップ】が【異世界モップ Lv.3】になりました。《斬撃付与》のスキルが使用可能になりました』
【異世界モップ】のアップグレードとともに、すっと頭の中に使用方法が浮かんでくる。
「”斬”の呪が発動のスイッチになるのか……裂傷を与えることができる。柔らかいものなら切断が可能……なるほど」
オークって脂肪たっぷりっぽいし、硬そうではないよな?
あのサイズだと切断までいけるかはわからないけど、比較的相性のいいスキルが手に入ったんじゃないだろうか?
「……とりあえずゴブリンで試してみるか」
僕は公衆トイレから出ると、森に向かって歩いていく。
すぐにお出迎えに出てきてくれるノーマルゴブリン。
「ショートソードタイプか……ちょうどいい」
ショートソードを持って駆け寄ってくるゴブリン。
相変わらず素早い走りからジャンプして、上段からの振り下ろしを放ってくる。
「……”斬”っっ!!!」
僕は【異世界モップ】のスキルを発動しながら、モップとショートソードを打ち合わせる。
ーーキィンッッ
乾いた金属音が辺りに響く。
「……さすがに金属は斬れないか……”斬”っっっ!!!」
打ち合わせた衝撃で体勢を崩しているゴブリンの首筋に、僕は《斬撃付与》したモップを放つ。
今度はなんの抵抗もなく振り抜かれるモップ。
そして……
ゴブリンの首が、ポトリと地面へと落ちる。
二つに別れたゴブリンの体はすぐに白い煙へと変わった。
白い煙をモップへと吸い込みながら、ドロップ品を確認する。
「ゴブリン耳、だけか……」
肉が出なかったのは残念だけど、まあいいだろう。
《斬撃付与》のスキルは想定以上に優秀だった。
このスキルさえあれば、オークも意外と簡単に倒せるかもしれない。
「さて、今日はこれでおしまいにして、ゆっくり休んでから明日オークに挑戦することにしよう……ん?」
公衆トイレに戻ろうと振り返った僕だったけど、砂漠の方に見慣れないものを見つける。
「……砂、ぼこり? 砂漠から……? それにあの米粒みたいなのは……武装した、人っ? あれってもしかして人の軍隊か!? どうしよう……」
……保護を求めるべきなのだろうか?
文明の発達した国なら、異世界からの迷い子を保護してくれるって可能性は0じゃない。
だけど、どうやってそこまで持っていくか。
彼らから見れば僕はただの浮浪者でしかない。
異世界人と容姿や言語が違うようなら、怪しい外国人なんておまけまで着いてしまう。
そんな奴が異世界から迷い込みましたなんて言って、話を聞いてもらえるのだろうか?
しかも……作戦中っぽい武装集団だ。
近づいたその場で切り捨てられてしまうって可能性も、ないことはない。
「先ずは、公衆トイレから様子見しておくのが無難か……」
砂漠を走る軍隊が草原にたどり着く前に、僕はそそくさと公衆トイレに戻るのだった。
ーーNo. PD
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