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アシュリーは話を続ける。
「そういう感じでじゃな、スキルの書き込みを妨害したわけなんじゃが、メインの召喚術式の方はそうそう変えられなくての。人族の国ディノクが使った召喚魔法の元となっている術式はの、我と力を同じくする種族が存在していた頃、その一種たる古代有翼人が作り上げた術式なのじゃ」
「古代有翼人……天使、みたいな感じですか?」
「神の遣いは自称しておったの……じゃが、奴らはそんな生易しい存在ではなかったのじゃが……まあそれは良いのじゃ。それでせめて発動は止められなくとも、効果を少しでも邪魔してやろうと思ってな……召喚魔法にとっての異物、我のありったけの魔力を注ぎ込んでやったのじゃよ」
「へ、へえ……そ、それは……」
アシュリーにとっては単なる自衛の手段の一つだったのかもしれないけど、その召喚魔法で飛ばされてた本人としてはちょっとゾッとする。
「お主にはすまんかったとは思うのじゃがな、この手の世界のあり方を変えてしまうような魔法はできるだけ邪魔する必要があるのじゃよ」
「……構いませんよ。今はこうして無事にここにいるわけですし。アシュリーが邪魔しなかったら、僕はその、人の国ディノクで隷属術式に囚われてたんでしょう?」
アシュリーはコクリと頷く。
「そうじゃな。それでここからは推測でしかないのじゃが……我の魔力が起こした結果は三つ、いや、正確には二つじゃな。一つは召喚の座標がずれたこと。タカシがいたという絶望の森と死の砂漠の間は、我がディノクの召喚魔法を観測していたあたりじゃ。大方我の魔力に引き寄せられたのじゃろう……」
「だからタカーシはあんなところにいたのか……アシュリー、異世界人が旅を始めるのには最悪な場所だぞ?」
フィルがニヤリと笑いながらそんなことを言う。本気で言ってるのではなく、アシュリーをからかっているだけだろう。
アシュリーも苦笑いで応える。
「じゃから、タカシには悪かったとは思っているのじゃよ……それで、もう一つの結果じゃがな、召喚対象がタカシ一人から、異世界トイレそのものになったのじゃ。これはおそらく異世界トイレ自体に幾つかのスキルが書き込まれたことが影響したのじゃろうな……」
「ああ、だからこのトイレも一緒に異世界まで召喚されたわけだったんですね」
「その通りじゃ……そして、そのことがもう一つの副次の結果、問題と言ってもいいかもしれんの、を生んだのじゃ」
そう言いながら顔をしかめるアシュリー。
「……問題、ですか?」
「じゃ、宙に浮いておった隷属術式がじゃな、どうやらこのトイレにいたもう一人の異世界人を捕らえてじゃな、そのものだけをディノクの元魔法の発動地点へと運んでしまったようなのじゃ」
召喚される前の時を思い出す。
僕がお腹を押さえて慌ててトイレに駆け込んだ時、確か同年代の女性が他の個室に入ろうとしていたはず……
「彼女が……」
「……我の見落としがなければ、彼女にスキル強化の恩恵はないのじゃ。異世界人としての成長補正はあるじゃろうが、隷属術式という厄介なものだけもらってしまったのは哀れじゃの。ディノクの”耳”からの情報では、今の所は特に問題は起こってないようじゃが……彼女に予定した力がないとわかった時にディノクが、特に王族の者たちがどう出るか……」
「そうですね……できれば、なんとかしてあげたいですね。アシュリーがなんとかすることは可能ですか?」
アシュリーは最強の魔王様だ。
異世界人の一人助け出すことは容易いようにも感じられるけど……
「そうしたいのは山々なのじゃがな……そうもいかない事情があるのじゃよ。ほれ、あの火山に火龍のやつがおるじゃろ? 奴はなかなかに凶暴な古代龍種でな……我が魔族の国を離れると、ここぞとばかりに暴れ出すのじゃよ。奴に対応できるのは我だけ。ブレス一発放たれるだけで大災害じゃからな……はっきり言ってしまえば、奴さえいなければ我が魔族領から出ることができるのじゃから、人族との争いはとうに蹴りがついておるの……」
「強力な存在たる魔族の切り札たる魔王が滅多に前線に姿を見せないのにはそんな理由があったのか……」
フィルが納得したような表情で頷く。
「そうなのじゃ……逆に言えば、人族が魔族領まで攻め込んできた場合には、簡単に我が出迎えてやることができるのじゃ……」
「戦争が終わらないわけだな……魔族領に行くまでは勝てるが、魔族領に入れば必ず負けるのだから……」
フィルは下を向くと、何かを考え込んでいる様子だ。
「そんなわけでじゃな……我はちょうどよくこの場に現れたお主達の力を借りれぬかと思っているのじゃよ……」
「僕たち……僕とフィル、ですか?」
「そうじゃ……フィルは人族の国のもの、お主は異世界人。魔族の我らと意見の相違があるのは理解しておる。じゃが、人族に囚われた異世界人を救うものとしては、案外悪くない人選なんじゃないか、という気もするのじゃ」
「そういわれると……そんな気もしますね。僕は、構わないんですが、フィルは……」
僕はフィルの方をちらりと見る。
彼女は言ってしまえばアシュリーを殺しにこんな場所まで来ていたわけだ。
アシュリーは全然そんな感じには見えないけれど、フィルが言っていたところでは、魔族の国は獣人やエルフ族を虐待しているということ……
「そうじゃな、敵対国家からきたフィルじゃ。タカシが寝ておった間にじゃな、そのあたりのことを少しフィルと話しておったのじゃよ……問題となるいくつかのことについて、お互いの認識にだいぶ差があることは理解しておるのじゃ」
「そうだな……言ってしまえば私はアシュリーが気に入っている。アシュリーには部下を殺されたのは事実だが、アシュリーの居城に乗り込んで殺しに来たのはこちらだ。その事実を受け入れたくない感情があるのは確かだが、理性では納得している。そして魔族とはいえアシュリーという個人については好感の方が勝っている……」
フィルは一旦口を噤み、そして再び話し始める。
「……それでも、だ……アシュリーの言う、魔族という存在のあり方、特に獣人族・エルフ族との関係性が悪いのは魔族ではなく人族。その認識については、受け入れがたいものがあるのだ。私たち騎士団は魔族に苦しめられる人族、そして他種族たちを救うために戦闘訓練を続け、魔族と戦い続けてきたわけだからな」
アシュリーはフィルに小さく頷く。
「気持ちはわかるのじゃ。我も我の言うことををのまま信じろとは言わないのじゃ……それでじゃな、我はフィルとタカシを外国からの短期留学生として、ジーアの学校に迎え入れようと思うのじゃが、どう思うか?」
「学校……ですか?」
「そうじゃ。魔族は首都のベジンに総合学校を持っておってじゃな……基礎教養から高等教育、特殊技能訓練、それに魔術に戦闘まで教えておるのじゃ……何を学ぶかは好きにすれば良いが、魔族という存在をまず知るには良い場所じゃろうよ……」
「へえ……」
小学校から大学、それに職業訓練校までを一緒にした感じか。
「僕は行ってみたいです……フィルは?」
「ああ、私も行ってみたいな。敵ではない魔族という存在をこの目で直接見て……できればディノクに戻る前に、獣人族の国ファリカ、そして妖精族の国ユアラも見てみたいと思っている」
「わかりました。じゃあアシュリー、それでお願いします」
「任されたのじゃ。ミルカ手続きとベジン校への連絡は任せたのじゃ」
「かしこまりました。では私は一足先に失礼致します……」
ミルカさんはそういうと異世界トイレから出ていった。
そんなミルカさんを見送ったフィルは……
「じゃあこれで難しい話は終わりだな……せっかくここに来たんだから、アシュリーもあれを試さずに帰るわけにはいかないだろうな……」
ガシッとアシュリーの肩を掴む。
「あれ……とはなんじゃ、フィル?」
「アシュリー……それは、使ってのお楽しみさ」
「え、笑顔が怪しいのじゃ……タ、タカシ?」
「えーっと、なんのことかは、わかるんですけど……別に怪しいものじゃ、ないんですよ?」
「な、なんで疑問系なのじゃっ?」
「使ってみればわかるさっ」
フィルは楽しそうな顔でアシュリーを引きずるように左側の個室に入る。
「さあ、脱いで脱いで……」
「ちょ、やめ、なんで下着を脱がそうとするのじゃ……」
「トイレは下着を脱がないとできないじゃないか? 別に女同士恥ずかしがるようなものでもないだろう?」
「それは、そうじゃが……別に催してないのじゃが……」
「用が済んだ後の機能を試すだけだから問題ないさ、さ、座って座って……オッケー、いくよっ! それじゃスイッチオン!」
「な、なんじゃっ、何がっ…………ぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!」
そんなアシュリーの叫び声を背後に……僕はフィルが初めてウオッシュレットの機能を使った日のことを思い出しながら、一足先に異世界トイレを後にしたのだった。
ーー No. PD
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