3−2 魔王様と異世界トイレ

 

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目覚めてから数日が過ぎた。

異世界トイレに行って【異世界ポーション水】を追加で飲んだこともあって、今では体の調子は前と同じく万全なものになっている。

目覚めてから特に何かがあったでもなく、この異世界にきてから初めてと言っていい穏やかな日々を過ごしている。

それが魔王の避暑地の別荘でってんだから、異世界転移ってのは何が起こるかわからないもんだ。

 

僕が今いるのはそんな魔王様の別荘の食堂。

目の前のカップからスープを口に運ぶ。

「……うわあ。ミルカさんっ! このスープ、すごく美味しいです」

多分オーク肉を使った豚汁のような料理だろう。

ミルカさんの見た目だともうちょっと西洋的なスープが出てきそうって気はしちゃってたけれど、素朴だけどしっかりと出汁の聞いた和風スープは最高に美味しい。

生でも美味しかったオーク肉だけど、こうして料理されるとその味は格別だ。

「そうですか? ありがとうございます、タカシ様」

「ミルカの料理の腕は最高じゃからな……それに、このスープのレシピは昔知り合いに教わったものなのじゃ」

アシュリーが嬉しそうに微笑む。

昔の知り合いというのはアシュリーと仲が良かったのだろうか。

にこやかなアシュリーの笑顔はかなり攻撃力が高い。

アシュリーとミルカさんが談笑を続ける。

 

この別荘に今住んでいるのはこの二人、魔王であるアシュリーとミルカさんだけ。

ミルカさんはアシュリーの身の回りの世話から、調理、掃除、簡単な医療行為、はたまたガーデニングまでこなす超一流のメイドさんだ。

魔王の別荘がこんなに手薄でいいのかって気もするけど、絶望の森の中心であるここまで来れる人がそんなにいないこと、そしてそもそもにして魔王であるアシュリーとまともに戦える奴なんてこの大陸にはいないんだそうな。

「……それでな、タカシ……我も、その、お主の異世界トイレとやらを見てみたいのじゃが……」

そんなことを考えているといつのまにか話が僕の異世界トイレに移っていた。

「ええ、構いませんよ。食事が終わったら行きましょうか」

アシュリーにはキングオークから命を助けられただけではなく、お世話になってばかりだ。

もちろん否やはない。

 

 

僕たちはアシュリーの屋敷の前の庭に集っていた。

「それじゃ、召喚しますね……」

家の中でも問題なく召喚できたはずではあるのだけど、一応異世界トイレ分のスペースのある庭へと出てきたのだ。

「……異世界トイレ”展開”」

異世界トイレを解放する呪を唱える。

目の前が白い光に包まれ、ドンとあらわれる異世界トイレ。

とは言ってもそれが見えているのは僕だけだ。

そういうものだと知ってるフィルはともかくとして、アシュリーとミルカさんは不思議そうな表情を見せている。

いや、アシュリーだけは、そこに何かがあるのを訝しむように、目を凝らすようにしている。

「何もあるようには感じないのじゃが……何かの存在は感じられるの……」

「そういう、ものなんですか?」

「そういうものなのじゃ。この世界でこの隠蔽状態を感じ取れるのは、我くらいものもじゃろうがな……」

「そうですね。私も気配を捉えるのは得意な方ですが、ここに何かがあるとはとても信じられません」

ミルカさんは全くわからないようだ。

「それじゃ、まずはフィルを連れて入ります……」

「ああ」

僕はフィルの柔らかな手のひらを握ると、彼女を異世界トイレへエスコートする。

中に入ると……

「おお、二人が、消えたのじゃ……」

「消えましたね……」

「……じゃが、やはり思った通りの場所に異世界トイレとやらはあるようじゃな……」

そんなアシュリーとミルカさんの声が背後から聞こえてくる。

「フィル、それじゃ、二人を連れてきますね」

「ああ、タカーシ」

僕は外に出ると、恥ずかしさを感じながらも手を差し出す。

「僕に触れていると異世界トイレが認識できるんです。手を繋ぐぐらいで大丈夫なので……」

「そうなのじゃな……この歳になって手を繋ぐとか、ちょっと照れるのう……」

そう言いつつもアシュリーが僕の手をとり、キュッと手のひらを握りあわせる。

「こ、これで、良いのじゃなっ?」

「は、はいっ」

「……っと、なるほど。こんな建物ができていたのじゃな……」

「そうなんです。では入りましょう……」

僕はアシュリーを中に案内すると、続けてミルカさんのことも中に導いたのだった。

 

 

 

「やはり……ここ、じゃったか……」

異世界トイレの中を歩き見回し、そんなことを言ったのはアシュリーだった。

「ここ、じゃった……って、アシュリーがここを知ってるんですか?」

一通り異世界トイレの見学を終えたアシュリーとともに、フィルと使っていたテーブルの周りに置いた椅子に4人で腰掛ける。

「フィルとタカシの話をまとめると、タカシが人族の国ディノクに異世界から召喚されたのは間違いないと思うのじゃ……」

「タカーシが……異世界の、勇者? 確かにタカーシは普通の人よりは成長が早いし、独特なスキルを使えるわけだが……勇者というほどの印象は覚えなかったな。アシュリー、その辺りどうなんだ?」

「フィルの印象は間違っていないのじゃ……我は、実は召喚魔法の瞬間を見ていての、召喚魔法の術式もまた見ておったのじゃ。異世界からの召喚に合わせて、種々のスキルを魂に刻み込み、超強化するという術式じゃった」

「確かに、私が話に伝え聞いた異世界勇者召喚の術式も、そのようなものだったと思うぞ」

「一見良さげに聞こえる術式なんじゃがな、こういう召喚には色々と問題もあるのじゃ。一つは、たとえ異世界人をスキルで可能な限り強化したとしても、我の力には決して及ばないのじゃ。歴代の勇者が我に太刀打ちできていないという記録は、ディノクの王族には伝わっているはずなのじゃがな……」

アシュリーが難しい顔を見せる。

「ディノクの王の考えることはわからないのじゃが、何か別の目的があるのかと思うのじゃ」

「別の目的、か……」

フィルもまた苦虫を噛み潰すような顔をする。

「そして、二つ目、我には及ばないとはいえ、召喚された勇者は人外の力を持つことになるのじゃ。前代の勇者もそうじゃったが……そんな存在は人という国の中で浮いた存在となってしまうのじゃ」

「それは……そうかもしれないな。我々の騎士団長もそれと同じ意見を述べていたよ」

そういえば絶望の森を移動している間にも、フィルがそんな話をしていたことを思い出す。

「そして、最後は隷属術式……召喚されたものの意思に関わらず全てを強制できるような、かなり強力な術式が込められていたのじゃ」

「隷属術式……聞き及んだ噂は本当のことだったのか……」

フィルが怒りに顔を歪める。

「そういうわけでじゃな……我は召喚を妨害することにしたのじゃ。それで、召喚の術式を意識で追って見たのじゃが、その時に見えたのがこのお主が異世界トイレと呼ぶ場所だったのじゃよ」

「そうだったんですね……それで、アシュリーはこの場所に見覚えがあったんですか」

「我は、まずはお主に向かっていたスキル付与の術式を邪魔することにしたのじゃ。作り上げられた魔法陣自体をキャンセルするのは至難の技なのでな、我がしたのは書き込み先の位置座標をずらすことじゃった……それが、お主の言う異世界トイレが”チート”になっている理由じゃろうな」

「スキルが、僕じゃなくて、このトイレに書き込まれた、ということですか……?」

アシュリーが頷く。

「我が確認したスキルじゃと《異世界言語翻訳》。これはお主にそのまま付けれれば良かったのじゃが、この異世界トイレに宿っておるのじゃ。タカシとフィルがこの中では意思が通じるのは、このスキルのおかげなのじゃ」

「なるほど、道理で……」

「タカーシとここで話ができたのはスキルの効果だったのか……」

フィルも驚いている。

「そして《隠蔽》。この異世界トイレ自体、どうやら世界と世界の狭間に存在しているようじゃが、この世界側の入り口が他のものに認識できないのは、このスキルの効果も大きいのじゃ」

「アシュリーがなんとなくわかると言うのは、アシュリーなら《隠蔽》を看破できるか?」

「ギリギリ、じゃがな……そして《レベルアップ促進》がこの異世界トイレのレベルアップの原因であり、《創造》《アップグレード》がお主の持つ装備の強化、《体内ポーション精製》がそこの水道からポーションが出てくることの理由じゃろうな……もしかしたら、まだお主が見つけていない効果だってあるやもしれんのじゃ」

アシュリーの説明は腑に落ちるものだった。

「わかりました……確かに、アシュリーが言う通り、その全てのスキルが僕の中に入ってたら、ちょっととんでも人間になっちゃってましたね」

「そうなのじゃ……それにここまでの大量のスキルの書き込みは、間違いなく魂のあり方を変えてしまうのじゃ……」

「その点、この異世界トイレはいい感じでしたね。僕には負担はなしに、ちょうど良い”チート”をくれてますから」

「そうじゃな……我もこんなことになるとは思ってなかったのじゃが……結果オーライじゃろうかのう」

 

 

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ーー No. PD

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