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「タカシ、そっちじゃないのじゃ……」
ハジメさんの家に戻る方向に足を踏み出すとアシュリーが呼び止めてくる。
「……え? 今日はハジメさんの家には戻らないのですか?」
「くくっ……今日はダンジョンをクリアした褒美をやろうと思っての。タカシをいいところに連れてってやろうと思ってるのじゃ」
ニヤリと蠱惑的に笑うアシュリー。
「いい、ところ……?」
「……のじゃ」
よくわからなかったけど、僕はアシュリーの背中を追って歩き始めた。
歩くこと30分ほど。
ちょうど日が暮れたところで、アシュリーが足を止める。
「ここじゃ」
「ここは……」
アシュリーが僕を連れてきたのは、岩山の影になった場所だった。
そこに目立つのはまず黙々と立ち上がる湯気。
そしてその湯気を立てている岩の中に溜まっているお湯。
どっかで見たことのある懐かしいそれは……
「これ…………って、もしかしなくても温泉じゃんっっ!?」
思わず声を荒げてしまう。
僕の目の前に見えていたのは、まさに日本の岩風呂の露天風呂って感じの眺めだったから。
「その通りなのじゃ……ほれ、そこが着替え所になっているから、入るがいいのじゃ……疲れておるのじゃろ?」
「そうですね……じゃ、入らせてもらいますっ!」
なんでこんなところに温泉があるのか?
なんでそんなお湯に浸かる風習をアシュリーが知ってるのか?
そんな疑問もあったけれど、僕はその甘美な誘いを断ることはできなかった。
僕は脱衣所で陣羽織を脱ぎ捨てると、全裸になってお湯へと飛び込んだのだった。
「プハーっっ……ああっっ、これっ、これだよっ、これっ! これが、幸せってやつだわっっっっ……」
お湯の中で体がほぐれていくのを感じる。
数ヶ月ぶりに感じる暖かなお湯の中で体が浮遊する感触。
ちょっとマナーは悪いけど、体をお湯の中で完全に自由にして、プカプカとその上に浮かぶ。
空に浮かぶのは地球とさして変わらないような月の姿。
「でも、やっぱり少し影の形とかが違うかなあ……」
図らずも目の端から流れ出す涙。
こぼれ落ちた雫は温泉の中に混じり溶けていく。
「……あー、やっぱり結構気持ち疲れてるのかなあ……」
さほど前の世界の日本に戻りたいと思ってるわけじゃないのは確かだと思う。
この世界にはフィルっていう大切な人もできた。
だけど、だからって新しい世界で僕がストレスを受けてないかってーと、そういうわけでもないのだろう。
「やはりだいぶ疲れておったようじゃの」
「ええ、そうですね………………って、えっっ、なんでっ!?!?!?」
「なんじゃ、その寝起きの鶏を突っついたような顔は?」
「えっ、って、えっ?」
だってそれはそうだろう。
そこにいるのはアシュリー。
いつのまに来ていたのか、彼女はすでにお湯に肩まで浸かっている。
お湯に浸かるのに服を着たままの……なんてことはない。
もちろんお風呂の正しい作法、スッポンポンだ。
つまりはアシュリーの白すぎるうなじ。
お湯の表面でタポタポと揺れる白い大きな膨らみ。
ちょっとだけ見え隠れするその先端を飾る彩。
月明かりの下で、そんな美しすぎる造形が丸見えになってしまっている。
「な、なんで、入ってきてるんですかっっっ!!! ってか裸っ、裸じゃんっっ!!」
「まぁ、服を着て温泉に入るものはおらんじゃろ……それに温泉に来て温泉に入らんわけがないじゃろうて」
「……まぁ、それは、そうなんですが」
それは事実だけど、せめて胸と大切なところくらいは隠して欲しいとは思う。
いや、もちろん本音を言ってしまえば、隠して欲しいわけなんてなくて、全部見せていただきたいわけなんだけど。
そんな僕の内心の動揺を気にすることもなく、アシュリーは平然と話を続ける。
「ここもハジメがいた時に作った温泉での……そうやってハジメもよく懐かしそうにプカプカと浮いておったのじゃ」
「そうですねえ……温泉は文化って言うんでしょうかね。こうしてのんびりとする時間が、日本人、僕たちの民族には重要な時間だったんですよ。広い日本の国土の中にたくさんの温泉があってですね……」
温泉について語り出すと止まらない。
草津、別府、鬼怒川、秋保、白浜……僕はお気に入りの温泉についてアシュリーに説明していく……
「……ほう、そうなのじゃな。タカシはハジメよりも物知りじゃな……」
「いや、そう言うわけではないかもしれませんが、温泉は好きでよく温泉巡りの旅行してたんですよ」
「なるほどなのじゃ。我もこのお湯で体を温めてリラックスする時間は好きじゃがのお……」
ほんのりと頬をピンクに染めたアシュリーがそんなことを言う。
「さて、そろそろ、上がるかの」
「そうですね……だいぶあったまったし、のぼせちゃうといけないですし……それじゃ、お先に」
ものを見られるのは恥ずかしいけれど、さすがに裸のアシュリーに先に出ろとは言えない。
僕は先に立ち上がって脱衣所に向かおう、としたところで……
「これタカシ、そっちじゃないのじゃ……あっちじゃあっち……」
アシュリーが指差したのは入ってきた脱衣所の方ではなく反対側。
確かにそっち側にも出口があるようだけど。
僕は大切なものを手のひらで隠しながら、そっちの出口の外へと近づいていく。
「ここに、何かあるんですか……ってこれっ!?」
そこにあったのは岩で囲まれた1角に置かれたキングサイズの大きなベッドだった。
「ふふ、今日はここでお泊まりなのじゃ」
「ア、アシュリー……?」
いつのまにか僕の後ろに立っていたアシュリー。
彼女の体を一生懸命見ないようにしてた僕の努力が台無しだ。
アシュリーは僕の手をとると、そのまま何も隠すことなく堂々と歩く。
ベッドに近づいた彼女は、そのまま僕のことをベッドへと押し倒す。
「それじゃ、お楽しみの、時間じゃぞ……くくくっ」
どこぞの芸術彫刻のように美しい黒髪の魔王が僕のことを見下ろしていた。
ーー No. PD
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