3−10 魔王様と初心者ダンジョン その3

 

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「はぁ、はぁ……さすがにもうっ、しんどい、ですっ……」

倒したコボルトの数は30匹に近づこうとしている。

怪我でもしてたなら【異世界ポーション水】でスタミナ回復もできるんだけど、今回は特に怪我なんてしていない。

アシュリーも「いい機会だから体力の限界も知っておくといい」って言ってて、僕もそれには同意した。

とはいえ、疲れるものは疲れるのだ。

「そうじゃな。じゃがタカシはスタミナもなかなかのものじゃぞ。特に精神的なスタミナが良いのじゃ……これだけ一人で戦い続けられる人族はそうそうおらんのじゃよ」

「そうですかっ……ありがとうございます、アシュリー」

「うむ。それでなのじゃがな、もうすぐ3階層への階段があるのじゃ。この初心者ダンジョンは3階層に降りてすぐのボス戦でおしまいなのじゃが、どうする? 今日は最後までやっていくか? それともここでおしまいにするかの?」

「そうですね……ここまで来たのだから、せっかくだし最後までやっていきたいと思います」

「良いのじゃ。ボス戦はキャプテンゴブリンがスナイプゴブリン、マジックゴブリン、それから3匹のノーマルゴブリンを率いるチームなのじゃ」

「キャプテンゴブリン……って強いんですか?」

「さほどではないのじゃ……ノーマルゴブリンをちょろっと強化したくらいじゃし、今のタカシにはやつの攻撃は通らないじゃろうな。じゃが……キャプテンゴブリン種に率いられるゴブリンは連携が格段に良くなるでの。そういう意味では今日やって来たことをおさらいするテストとして、いい相手なのじゃ」

「なるほど……わかりました」

アシュリーがすぐに見つけた階段を降り、僕たちはボス戦のフロアへと足を踏み入れた。

 

 

 

「くっっ!! ……これっ、やりにくっっ」

スナイプゴブリンの放ってきた弓矢をかわし、バックステップでゴブリンたちから距離をとる。

足元に転がっていた矢を僕は手に拾う。

そんな僕に、距離をおいて並んだ3匹のノーマルゴブリンがジリジリと迫ってくる。

 

ボス部屋に入ってからの展開は、一方的に僕が押し込まれる、というものだった。

たいして強くないゴブリンたちとはいえ、その連携は脅威。

まずは3匹に並んだノーマルゴブリンたち。

彼らは付かず離れずの距離で並び、僕へとジリジリと距離を詰めてくる。

しかも僕との距離を詰めたからと言って、僕に無理な攻撃を仕掛けてくるわけじゃない。

僕の動きを妨害するような牽制を放ち続けてくるのだ。

なんとか攻撃をいれてやろうと思っても、3匹並んだゴブリンから反撃を受けずに……というのは厳しい。

 

ゴブリンチームの攻撃を担うのは、スナイプゴブリンとマジックゴブリンの遠距離組だ。

遠距離組のゴブリンたちは、ノーマルゴブリンのラインの後ろから隙があると見れば攻撃を放ってくる。

集中してれば難なく回避できる攻撃ではあるけど、集中し続けるのにも限界はある。

なんとか先にそんな遠距離組を潰そうと思うんだけど、キャプテンゴブリンの的確な指示でノーマルゴブリンたちが僕のゆく道を塞いでしまう。

こちらもゴブリンたちからの攻撃でダメージをもらってるわけじゃないんだけど、如何せん体力だけを奪わ続けていた。

 

「さて、どうするか……」

ノーマルゴブリンたちから逃げるため円を描くように移動し、ゴブリンたちから距離を保ち続ける。

仕切り直してなんとかゴブリンを1匹でも削りたいところなんだけど……どうすれば良いだろうか?

率直に言って、攻撃を受けることを厭わずに突っ込んでしまえば、間違いなく勝てるだろう。

ゴブリンたちの攻撃力はさほどでもないから、今の僕ならばさほどダメージは受けずに攻めきれるはず。

……でも、それでは、実質このゴブリンたちに負けてしまっているような気がする。

それに、将来的には実際にダメージを与えてくる相手と、こうして向かい合わなければいけない可能性だってあるんだし。

後ろをちらっと見ると、艶やかな黒髪をなびかせる美少女がこちらを興味深げに見ている。

彼女のあの整った顔を、少しだけでも驚きの色に染めてみたい……僕はそう思った。

 

「よし、やってみるかっ……」

このゴブリンチームの強さの理由は連携。

そしてその連携の理由はゴブリンキャプテン。

「ならばっっっ……とりゃぁっっっ!!!!」

僕は振りかぶって、さっき手の中に拾っておいたもの……スナイプゴブリンの矢を、全力でキャプテンゴブリンに向かってぶん投げる。

今日1日で強化された僕の腕が放った矢は、凄まじい速度で空を切る。

矢は止めようととするノーマルゴブリンの間を抜け、まっすぐにキャプテンゴブリンに飛び込む。

キャプテンゴブリンは慌てて身を伏せ、それをかわす。

「崩れたっっ!」

崩れたのはキャプテンゴブリンだけじゃない。

矢を止めようとしたノーマルゴブリン、そして、矢の行方を追ってしまった遠距離組もまた僕から目を離している。

その隙は逃さない。

一息でノーマルゴブリンへと距離を詰める。

「はぁぁっっ!!」

勢いのままに右手を振り抜く。

ーーグギャァァッッッ

確かな手応え。

だけどその余韻に浸ることはなく、すぐさま右へ飛ぶ。

ショートソードを持つ目の前のゴブリンは構えに入っているけれど、こいつに他のゴブリンたちの援護はない。

ゴブリンと1対1なら余裕で僕の勝ちだ。

「ふっっ!」

振り下ろしてくるショートソードを半身でかわし……

「てやぁぁっっ!」

隙だらけの脇腹に全力の回し蹴りを叩き込む。

確かな手応えとともに、ゴブリンの小さな体が吹き飛ぶ。

その吹き飛んだ結末を見守ることなく僕は前に走る。

目の前にいるのは、遠距離組のマジックゴブリン。

ーーグギャギャギャッッ!

体勢を取り戻したキャプテゴブリンからの指示が飛び、僕に向けて残りの1匹のノーマルゴブリンが走り近づき、スナイプゴブリンの矢も飛んでくる。

でも……

「もう遅い……」

僕は目の前から飛んでくるファイアボールの真下に向けて体を投げ出す。

背中に熱さは覚えるけれど、直撃しなければなんてことはない。

両手を地面につけ、一度前転してから地面を強く蹴り飛ばす。

そのままマジックゴブリンに向けて勢いよく飛び出した僕。

驚いたようなその顔に右ストレートを叩き込む。

ーーグギャァァッッッ

防御力の低いマジックゴブリンは、あっさりと赤い煙へと変わる。

「……これで残りは3匹」

キャプテンゴブリンもまた仕切り直しとばかりに、残ったスナイプゴブリンとノーマルゴブリンと陣形を組み直す。

「だけど……」

前衛がノーマルゴブリン1匹じゃ僕のことを止められるはずはない。

僕はスナイプゴブリンの矢にだけ気をつけながら、ジリジリと距離を詰める。

僕がノーマルゴブリンと一挙一投足の間合いまで近づいたとき……

先に動いたのはノーマルゴブリンだった。

奴が棍棒を高く振り上げた瞬間……僕は一気に懐に飛び込み、肝臓をえぐるようなボディーを突き刺す。

くの字に曲がったゴブリンを左手で押し倒し、そのままキャプテンゴブリンへと走る。

ーーグギャァっ!

キャプテンゴブリンの指示の声が再びスナイプゴブリンに矢を放たせるけど、注意してるんだからかわすのは簡単。

「これでっっ……おしまいだっっっ!!!」

高々と振り上げた僕の右足。

綺麗に振り上げることのできたその軌道は、キャプテンゴブリンの首筋に綺麗に吸い込まれた。

 

 

最後にスナイプゴブリンと倒れていたゴブリンを始末した僕に、アシュリーが近づいてくる。

「ようやったのじゃ……正直、最後はダメージを気にせずに相打ちで倒していく方法をとるかと思っていたのじゃ。よもやスナイプゴブリンの矢を利用するとはのう……」

「はい、僕も最初はそう思ってたんですけど……ちょっとだけでもキャプテンゴブリンの姿勢が崩せればって思って……でも、思いの外に効きましたね。あそこから一気に倒しきれるとまでは思ってませんでしたよ」

最初はあれで1匹ノーマルゴブリンを削れればいいかと思っていた。

そのあとはじわじわとノーマルゴブリンを削ってくしかないかなと。

「そうじゃな。キャプテンゴブリンは安全地にいたから、タカシからの攻撃がくるわけがないと油断しておったのじゃろう。そこにタカシの不意打ちの矢投げがハマったんじゃろうな……タカシ、ご苦労だったのじゃ」

「ありがとうございます……流石に、疲れましたよ……」

さっきまでは元気に走り回ってたわけだけど、緊張が抜けた今では膝が笑ってしまっている。

「もう少し頑張るのじゃ……ほれ、あそこを見てみるがよい……」

アシュリーの指差した先に視線を送ると、ボス部屋の真ん中に白い球体が浮いている。

「これが……」

「そう、ダンジョンコアじゃ……」

「へえ……触っても?」

「大丈夫じゃ……この部屋から持ち出さなければ問題ないのじゃ」

「それじゃ、ちょっとだけ……」

ダンジョンコアに触れる機会なんてこれからあるかわからない。

せっかくなのでその白い球体に手のひらを載せてみる。

「…………うん、ただの球ですね」

「のじゃ。触っただけじゃただの球なんじゃが、中に秘めているエネルギーは凄まじいでの。砕いて鍛治や錬金術の工程で使えるというわけじゃ」

「なるほど。ま、でも、いい記念になりました」

僕はダンジョンコアから手を離す。

「それじゃ帰るとしようかの……奥にモノリスがあるじゃろ。あれでダンジョン入り口まで転移ができるのじゃ」

「おおっ、それはなんとも異世界らしい! 是非やってみたいです」

「そう、か? まあやってみるがよいのじゃ」

僕は奥へと走りモノリスに手を触れる。

ーーダンジョンの入り口に転移しますか?

そんな声が脳内に響く。

「おおっっ!! すごく、それっぽいな、これっ!」

思わず興奮してしまう。

呆れたような顔をしたアシュリーが声をかけてくる。

「頭の中で肯定を意識すれば、ダンジョン入り口に飛べるのじゃ……我もすぐに追いかけるのじゃ」

「わかりました、それじゃ」

頭の中で”yes”と答えると、体が不思議な力に包まれる。

僕はそのままダンジョンの入口へと転移したのだった。

 

 

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ーー No. PD

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