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寝起きのポヤポヤした頭のままでキッチンへと向かう。
お腹減ったなー……と思いながらキッチンに入ると、そこには見慣れた彼の姿があった。
「……あっ、おはよー。ここにいたんだ、スラくん」
──ふるふる
僕の朝の挨拶に震えながら答えてくれるのは、例の中庭に居ついていたスライムくんだ。
今では彼のことを愛称の”スラくん”と呼んでいたりもする。
いつの間にか家の中にまで付いて入ってくるようになったスラくんは、ペットどころかもはや家族に近い存在に変わりつつある。
「スラくん、どーぞ」
餌用の虫かごの一つを開け、スラくんの上に確保しておいた昆虫を落とす。
──ふるふる
嬉しそうに震えたスラくんは、昆虫を体の中に収め、ゆっくりと消化していく。
その様子を眺めながら、僕もまた朝ごはんの準備をする。
焼いた卵と塩漬け肉を挟んだ黒パンを片手に、キッチンの椅子に腰掛ける。
スラくんの中にあった昆虫が消化されると、スラくんはフラフラと足元に寄ってくる。
僕は彼の柔らかな体を優しく持ち上げて、膝の上にポンと載せる。
ご飯を食べる僕の膝の上で、楽しそうにふるふると震えているスラくん。
「君はかわいいなあ、スラくん……」
……職業を得たあの日からしばらくが経った。
普通の職業を得た人なら、すでに職業スキルの一つや二つを得て、職業特有の能力を生かしながらの仕事を始めたりしているところだ。
メグをはじめとした上級職業を得た人は言わずもがな、『職業訓練学校』で更にその才能を伸ばしている。
だけど、僕はまだ同じ場所で足踏みしている。
職業スキルが得られてもいないし、そもそもにしてユニーク職業『スライム繁殖師』がどういうものかもよくわかっていない。
できれば僕も早くこの『スライム繁殖師』の特性を見つけて、それを生かした仕事を見つけたいところなんだけど。
このラグシル王国では幼くして両親を亡くした孤児には、王国からの生活のための補助金が降りる。
孤児院に入って面倒を見てもらうことも可能だったけど、僕の場合は両親の残した家があって、メグの両親のマッツさんとマーシャさんって後見人もいた。
生活のための金銭援助を受けながら、幼い頃は『黄金の鷹亭』でお世話になり、10歳を超えてからは両親の残したこの家で過ごしているのだ。
だけど……この国からの補助金が得られるのも、職業を得てから歳を数えるまで、つまり13歳の誕生日までとなる。
メグの両親や優しい街の人が何かにつけて援助してくれたりもするんだけど、なんとかこの1年で自分で食べていけるだけの道筋をつけないといけない。
というわけでこの現状に少しの焦りはあるんだけど……こうしてスラくんとのんびり暮らす生活自体は全く悪くないものだ。
「スラくん……今日もよろしくね」
フニフニの気持ちいい体を手のひらで撫でる。
さて、今日も『黄金の鷹亭』の掃除の手伝いにでもいくか……
と立ち上がろうとした、その時だった。
──スラくんがふるふると震えると同時に、不思議な感覚が体を走り抜ける。
それは職業を得たあの日に感じたような、体を内側から作り変えられるような感覚だった。
体の中にむずかゆさを感じる中……
──『スライム鑑定』を取得しました。
唐突に脳内に中性的な音声が響く。
「……『スライム鑑定』? あっ、もしかしてこれが職業スキルっ? 僕っ、職業スキルが得られたのっ!?」
それは、ついに待ちに待った職業スキルの取得だった。
『スライム鑑定』のことを考えていると、自然とその効果と使い方が頭に浮かんでくる。
「……あっ、なるほど、そういうスキルで、そういう風に使えばいいのか……」
僕は膝の上のスラくんをテーブルの上に乗せ……
「『スライム鑑定』……」
スラくんに意識を集中しながらスキルの行使を意識する。
すると、脳内でまるで本の1ページを開いたかのように、情報が流れ込んでくる。
ーーー
【インテリジェントスライム(SR)】
名前:スラくん
状態:友好
性別:♀
年齢:1歳
好物:昆虫
モンスタースキル:《溶解液弾》《精神感応》
単細胞生物の壁を超えた賢いスライム。優しい人によく懐く。仲良くなることで意思の疎通も可能。多くの進化可能性を秘めている希少なスライムだが、賢さ以外の能力初期値は普通のスライムとさほど変わらない。そのため進化成長する前に死んでしまう場合が多い。
ーーー
「へ、へえ……スラくん、君って、スーパーレアなスライムだったのかあ……すごいんだねっ」
普通に意思疎通できてる時点で普通のスライムじゃないとは思ってたけど、インテリジェントスライムって特別種だったとは。
──ふるふる
どこか誇らしげに震えているスラくん。
それもそうだろう、スーパーレアって人間で言ったらメグの『賢者』のような強力な職業を得た人たちのことだ。
スライム界だってスーパーレアってのはかなりすごいんじゃないだろうか。
「……ってか、スラくん、きみ女の子だったんだね……」
彼の名前はすでにスラくんで確定しちゃってるみたいだけど、女の子ならもう少しかわいい名前の方が良かっただろうか……?
でも、本人は嬉しそうにふるふるしてるし、きっと良かったんだろう。
「しかし……スラくんって見た目は普通のスライムだけど、スーパーレアのスライムだったんだよな。ってことは、一見普通に見えるスライムが普通じゃないってこともあるのか……」
【ポイズンスライム】みたいに緑色してる、あからさまに普通のスライムじゃないやつもいる。
だけど、一見普通種にしか見えないほとんどのスライムたち。
そんな彼らの中にレア種が混じってるって可能性もあるわけだ。
そうなってくると……この『スライム鑑定』スキルをいろんなスライムに試してみたいよな。
確か、裏山には結構スライムがいたはずだよな。
僕はワクワクしながら、山に入るための服に着替えるのだった。
ーー No. PD
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