3−8 魔王様と初心者ダンジョン その1

 

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「と言うわけでじゃな……初心者ダンジョンへ行こうと思うのじゃ」

「わかりました……ってどう言うわけですか?」

「お、説明しておらなんだか……すまんすまん、なのじゃ……」

てへっと言う感じで笑うアシュリー。

可愛いけど、何だこの小芝居は。可愛いけど。

ま、可愛いは正義。

「それでじゃな……お主自身がちと弱すぎるのは問題じゃと思っての……ディノクに行く時にはもちろんじゃが、今の状態では魔族の国ジーアにいる間も少し不安が残るのじゃな……」

彼女が言うことは正しいだろう。

「……そう、ですよね……アシュリーのところに行くまでに少しの経験は詰んできましたけど、この世界に来るまでは戦闘に関しては全くの素人だったわけですから」

「そうじゃな。それでも、いつもその【異世界装備】バケツとモップを持っておれば、少なくともジーアにいる間は問題ないように思えるが、ベジンの総合学校に行ってそんな格好をしてたら変人と思われるじゃろうし、人族の国ではもっと奇異の目で見られるじゃろうな。お主もフィルの横をそんな格好で歩きたくないじゃろ?」

「そうですよね……やっぱりこのバケツはちょっと見た目がアレですよね……」

言ってしまえばトイレ掃除用のプラスチックバケツをかぶってるわけだ。

属性攻撃無効の効果は得がたいものだけど、バケツって見た目だけはどうしようも無い。

モップを持ってるのはまだ言い訳が聞くかもしれないけど、やっぱり掃除好きの変な人っていう印象を与えてしまいそう。

「じゃな……それでじゃな。【異世界装備】なしでの、お主の基礎性能を強化しようと思ったのじゃ。都合よくこのハジメの家の近くに初心者ダンジョンがあるのじゃ。そこで敵を倒しながら戦闘の基礎訓練をするのがいいと思うのじゃが、どうじゃ?」

「わかりました……僕も一人でこの世界を歩いていても死なない、ってくらいにはなりたいですしね」

僕たちはハジメさんの家で準備を済ませると、初心者ダンジョンへ向かった。

 

 

 

「と言うわけで、ここが初心者ダンジョンなのじゃ……」

目の前にあるのは山肌に生えた洞窟の入り口。

それは明らかに自然にできたものではない造形をしている。

「って本当にすぐ近くなんですね……なんでこんな辺鄙なところに初心者ダンジョンが?」

火龍と魔王なんてラスボス2匹がうろついているところに初心者ダンジョンって、聞くからにおかしい。

ゲームで言っても魔王城の前にスライムの洞窟があったって、誰も使いやしないだろう。

「いや、こんなところだからこそ初心者ダンジョンが残っておるのじゃよ。ダンジョンコアは良質な魔具や薬の材料になるから、普通の場所にある初心者ダンジョンはすぐ冒険者なんかが踏破して、ダンジョンコアを持ち帰ってしまうのじゃ。ダンジョンコアのなくなったダンジョンはしばらくすると無くなってしまうのじゃ……」

「へえ、この世界のダンジョンってダンジョンコア制なんですね?」

「……制?」

「あ、いえ、こちらの世界の空想物語ではいろんなダンジョンタイプがあるんですよ。ダンジョンそのものが生きてる場合、ダンジョンマスターがいる場合、ダンジョンコアがある場合、ダンジョン最深部が異世界と接続してるなんて場合とかもありますし」

「ふむ……ハジメの時にも思ったのじゃが、お主らの世界、随分に空想力に飛んでいる世界じゃのお」

「いや、お恥ずかしい……」

「いやいや、バカにしているわけではないのじゃ……そういう空想力というのも案外バカにできぬものじゃよ。魔法なんかも想像力やイメージ力が強い方が使いやすいはずじゃ」

「そうなん……ですねっ、って魔法っ!? もしかして、僕も使えます??」

魔法を使おうとして失敗した異世界初日が思い出される。

「魔法は、誰でも使えるものじゃぞ……異世界人とはいえハジメも使えたし、お主だって使えるはずじゃ」

「やった! 魔法ってすごく使ってみたかったんですよねっっ! てっきり異世界人は魔法は使えないのかと思っていましたよ」

アシュリーが呆れたような表情を作る。

「ハジメもそうじゃったが、異世界人は本当に魔法が好きじゃの……後でタカシにも教えてやるわ」

「ありがとうございます、アシュリー!」

「本当に嬉しそうじゃの……っと話を戻すのじゃ。ここのダンジョンの近くには我と火龍の奴がおるでな、初心者ダンジョンとはいえ誰も踏破しには来ぬのよ。さて……それでは行くかの」

「はいっ!」

「じゃが……そのモップとバケツは没収じゃ」

「なんでっ……ってこれらなしでも戦えるようになるって話でしたね……」

「その通りじゃ……では改めて」

僕とアシュリーはダンジョンに足を踏み入れた。

 

 

「へえ、これはいかにも、って感じですね」

1階層は薄暗い石造りの洞窟という雰囲気。

「のじゃ……お、早速モンスターがきたのじゃ」

「ゴブリン……か」

僕たちの目の前をうろついてるのは、異世界に来た時に最初にコンタクトした魔物。

特別武器も持っていないゴブリンは、その辺の小さいおっさんって感じの容貌だ。

「そうじゃな……先ずは、普通に打ち合ってみると良いの……」

「普通に、打ち合う……」

「そうじゃ、お主のその服装備だけで無手のゴブリンなら問題ないはずじゃ。適当に殴り合ってみるのが実力を感じるのに良いのじゃ」

そんな話をしているとゴブリンがこちらに気づく。

ーーグギャギャっっ

素早くかけてくるゴブリン。

「……ってそんなに素早くないな」

「ゴブリンじゃからな」

「でも、絶望の森の入り口のゴブリンは、もっと早かったですよ?」

「あやつらは特別じゃ、ゴブリンとはいえ絶望の森での生存競争は激しい。最下層なのには変わらんが、奴らの動きはずっと良いはずじゃよ」

「そうだったんですね……」

それなら、ということでゴブリンを正面から迎え撃つ。

殴りかかってくるゴブリンの手を、手のひらで受け止める。

「ぐぅっ……これはっ、意外とっ、重い……」

耐打の効果のある陣羽織のおかげか痛みはないんだけど、ゴブリンの圧力で体がずざっと下がってしまう。

「ゴブリンとはいえ魔物は力強いからの」

ゴブリンは調子付いてガスガスと殴ったり蹴ったりしてくる。

スピードはさほどでもないので、一撃一撃を丁寧にさばいていく。

「……逆に、外のゴブリンはこんなに重くなかった気がするんですが……?」

「それは、お主のバケツとモップのおかげじゃろうな……あれはお主の防御も攻撃もサポートしておったから。”ステータスアップ”ってやつじゃな」

なるほど。

今は【異世界モップ】も【異世界バケツヘルム】も装備していない。

さっきから体が若干重い気がしてたのもそれのせいか。

「なるほど、それでっ……くぅっ……」

ゴブリンのキレのいい回し蹴りを両手をクロスにして受け止める。

「そろそろ、攻撃してみるのじゃ……」

「はいっ」

殴りかかってくるゴブリンの腕を、今度は身を屈めてかわす。

たたらを踏むゴブリン。

僕はその顔に向けて、腕を振り抜く。

ーーグギャァァッ!

べこっと顔面を殴られたゴブリンが一歩二歩と下がる。

「……効いてる?」

「絶望の森のゴブリンやらオークやらと打ち合ってたわけじゃからな……お主の基礎身体能力はかなり高いものになっているはずなのじゃ……普通のゴブリン程度じゃ太刀打ちできんはずじゃよ」

僕はふらつくゴブリンを追い、ボディーに一発。

ーーグギャッッ

くの字に曲がったゴブリンの顔に向けて、全力の回し蹴りを叩き込む。

ーーグギャァァァァァァッッッ

首が変な方向に曲がったゴブリン。

すぐにその体は白い煙となって消える。

白い煙は、僕の体に吸い込まれ……

「力が……?」

体にエネルギーを流し込まれるような感覚を覚える。

「そうじゃ……その煙がいわゆる”経験値”と呼ばれるものじゃの。倒したモンスターの強さに合わせて我らを強化してくれるものじゃ。白の煙が肉体経験値、赤が魔法経験値じゃな。タカシの場合は【異世界装備】に吸い込まれると言っておったが……どうやら装備を身につけてなければお主自身の強化ができるようじゃの」

「ああ、この煙ってそういうことだったんですね。フィルには体に行くのに、僕はモップかバケツに吸い込まれるので不思議だったんです」

「そうじゃな。おそらくじゃが、【異世界装備】を身につけたお主の動きは、経験値を吸い込むほどに良くなっていたはずじゃよ。【異世界装備】なしでは単純な肉体強化のみじゃがな……」

「言われてみれば……」

確かに自分の動きは、異世界からやってきた素人にしてはいいってフィルにも言われてたし。

「それじゃあ、こんな感じでどんどんゴブリンを倒して、タカシを強化するのじゃ」

僕はアシュリーと初心者ダンジョンの奥を目指した。

 

 

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ーー No. PD

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