1−1 何はともあれ体を鍛える日々

 

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「やぁっっ」

可愛らしい掛け声を上げる彼女の、まっすぐな木剣の振り下ろし。

──カーンッ

木剣のぶつかりあう音が響く。

手がビリビリと痺れるのを我慢しながら……

「やるねっ、メグっ! 今度は僕から行くよっ」

合わせた木剣をぐっと押し返し、手に持った木剣を横薙ぎに振るう。

彼女はそれを読んでいたかのように、木剣を軌道に立てて迎え受ける。

 

だけど……

──カンッ

それはフェイント。

軽めに合わせただけの木剣をすぐにひいて、まっすぐに素早く突き出す。

「くぅっ……」

自分でもかなりいい突きができたと思ったんだけど……

目の前の小さな体がさらに縮こまり、なんとか僕の突きを避けきる。

……だけど、体勢を崩した彼女は体のバランスを保つことはできなかった。

「あっ……」

ペタッと尻餅をついてしまった彼女の首筋に、木剣を添える。

「…………ふぅっ。今日は僕の勝ちだね、メグ」

「……そうだね。ぁあっ、今日も負けちゃったかあ。これで62勝50敗……最近リートにだいぶ追いつかれてるなあ」

「最近体が大きくなってきたからね。メグのスピードに対応しやすくなったのかもね」

僕たちがこの訓練を始めた頃には、僕は素早く動き回るメグを捉えることができなくて、メグに負けてばかりだった。

最近は成長期で体がでかくなってきたからなのか、メグの俊敏性にもついていけるようになってきている。

それでもメグが勝つことはまだまだ多いんだから、同い年の男の子としてはもうちょっと頑張りたいところでもある。

「はい、どうぞ……」

僕はメグに右手を差し出す。

彼女は僕の手を握ると、すっと立ち上がる。

「ん、ありがと……うーん。やっぱり男の子には剣じゃ勝てなくなっちゃうのかなあ……」

「しっかり先生に習えばそんなこともないと思うけど、僕たちはほら自己流だし、身体能力が結構効くよね……」

「そうね……やっぱり先生についた方がいいのかな?」

「そうかもしれないけど……もうすぐ『職業』をもらえる日でしょ、再来月の一の日だったよね。こうやって体を鍛えるのはいいけど、本格的に学ぶのはどういう職業になるか決まってからの方がいいと思うな」

剣を真面目に勉強したからといって、剣を使う職業に就けなかったらなんの意味もない。

『剣豪』、『剣士』、『剣闘士』……そんな剣を使う職業に就ければ良いけど、そもそもにしてそんな職業が得られた人たちは、1週間もしないうちに僕らじゃ太刀打ちできないほどの凄まじい剣技を身につけることになる。

逆に『斧士』、『拳闘士』、『魔法士』なんていったところの職についた場合には、剣のことなんてあっさり忘れた方がいい。

もちろん鍛えた体が無駄になることはないけれど、この世界では『職業』ってのはそのくらい大きな意味を持っているのだ。

「そうだね……楽しみだよね。リートも私も、きっと最高の職業を得てさ、二人で王都の『職業訓練学校』を卒業してさ、冒険者になって魔王を討伐するんだよ。それでね……」

目をキラキラとさせながらメグが喋る。

貴族のご令嬢って言われても信じちゃいそうな顔立ちの良いメグだけど、その中身は活発な暴れん坊の女の子だ。

「うん、そうだね……僕は『勇者』とまでは言わないけど、『神聖騎士』とか『竜騎士』とかが良いなあ。すごく憧れるよね……」

『勇者』は同じ時代に一人しか現れることがないスーパーレアの職業。凄まじい戦闘能力を誇る『勇者』になれれば、それこそ魔王の討伐だって夢じゃないって言える。今の時代の勇者はまだ現れていないから、その可能性だって0ってわけじゃない。

他の二つの職も強力なスキルが得られるレアな上位職だ。

「私は魔法も使いたいな。私も『賢者』とまでは言わないけどさ、『魔法剣士』とかも良いし、『精霊魔法士』とかでも良いよ」

『賢者』もまた一人しかなれないスーパーレアの職業。必然『勇者』と『賢者』はパートナーとなり、やがて魔王討伐を達成する……そんな話は、史実にも絵物語にも見つけるのは容易い。

僕とメグが勇者と賢者に選ばれればもちろんベストだけど、さすがにそれが現実になる可能性はかなり低いだろう。

「そうだね……やっぱりすごく楽しみだな。こうやっていっぱい鍛えてるわけだしさ、欲しい職業じゃなかったとしても、戦闘系の職さえ得られれば僕たちならやっていけるはずだよっ!」

ぐっと腕に力を入れて力こぶを作る。

毎日のように木刀を振り回す僕の腕は、この年の男の子としてはなかなかに鍛えられている……はず。

メグはその力こぶを人差し指の先でツンツン突きながら……

「そうだね。きっとその日はさ、リートの努力が全部報われる日になるはずだよ」

ニッコリと笑う。

心臓の底がドキッとしちゃうような魅力的な笑顔だ。

「メグもね……さ、それじゃうちに帰ろうか。マーシャおばさん、きっともう夕ご飯準備してくれてるよ」

上を見上げると、空は夕日で真っ赤に染まっている。

「うん、もうお腹ペコペコだよっ! それじゃ、うちまで競争ねっっ!」

「あっっ、待ってよっ! メグっ!」

僕は走り出したメグの後ろを全力で追いかけたのだった。

 

 

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ーー No. PD

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