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「それは……」
僕の持ち帰ってきたものを見て目を見開くマッツさん。
「それが、なんの役に立つんだニャ?」
耳をぴこぴこさせながら、質問してくるナーニャさん。
「あたしもよくわからないね……」
マーシャさんも困惑している感じだ。
「まあ、僕も半信半疑ではあるんですが、見ててください……このキノコって手で触っても大丈夫ですか? 高級キノコの方です」
「ああ、毒キノコの方と同じで、かなり外皮は硬いんだ。だから、ナイフでも使わなきゃ傷ついたりはしないし、料理に使うのに問題はないよ」
「わかりました……では……」
僕はキノコの1本を取り出す。
手のひらの中に持ったそれを、しゃがんで前に差し出してみる。
「何も……起こらないのニャ……」
「そうですね……」
……けど、特に変化はない。
「じゃあ、このキノコはひとまずここに」
マッツさんに準備してもらったカゴにキノコを移す。
「では次を……」
同じように手に持った次のキノコを差し出す。
「……おおっっ……ふるふると、動いてるね……」
「そうだね……」
「ニャッ!」
そう……僕の目の前に鎮座した【ポイズンスライム】のポズちゃん。
彼女がずりずりっと僕の手のひらのキノコに向けてにじり寄ってくる。
「……ということは、たぶん、このキノコは毒キノコなんだと思います……マッツさん、これを二つに切ってもらっていいですか?」
「二つに……? ああ、わかったよ」
マッツさんがキノコを二つに切り分けてくれる。
「一つはポズちゃんに……」
僕はポンっと一つをポズちゃんの体に落とす。
嬉しそうに震える緑色のスライムは、体の中にキノコを取り込む。
ポズちゃんの中ですぐにキノコが消化され始める。
「へえ……つまり、あれかい? このポイズンスライムは毒キノコだけ食べるってことかい?」
「他のものが消化できないってわけじゃないんでしょうけど……少なくとも毒キノコが近くにあるときなら、他のものには手を出さないですね……」
「この切った残りの半分はどうするのだい、リートくん?」
「万が一にも間違いがあったらまずいですからね。残りの半分は鼠に食べさせて最終確認をしましょう。ポズちゃんが6本の毒キノコを全部当てられてた時だけ、残りを使うっていうのでどうですか?」
公爵様に食べさせるものだ。
100%の自信がないならば、実際に使うことはできない。
「そうだね……それがいいだろうね」
ポズちゃんが食べ終わるのを待ち、同じように1本、1本とキノコをポズちゃんに差し出していく。
果たして……
「4本の手つかずのキノコが残って、6本は半分になったニャっっ!!」
「数はあってますし……これなら、期待は、できそうですね……」
「そうだねえ。スライムってのは面白い生き物だねえ……なんも考えてなさそうなのに、食べ物の好き嫌いはあって、それを当てられるだなんてねえ」
マーシャさんが感心したかのようにふむふむと頷いている。
「それじゃあ、私は鼠用の毒団子を作って、地下の倉庫で一つずつ試してみるとするよ。公爵様が到着するまでにはまだ1週間があるから、きっと到着までには、全部の毒キノコが試せるはずだよ。リートくん、ありがとう。ナーニャ、君からももう一度お礼を言いなさい」
マッツさんは毒キノコ判定されたキノコの半身を回収しながら、ナーニャさんを促す。
「リート! 助かったニャ! 今度お礼になんでもするニャっ!」
お礼になんでもって……ほんとになんでもいいのかな……
魅力的な猫人女性のナーニャさんにそんなこと言われるとドキドキしてしまう。
あのふかふかそうな猫耳とか、猫尻尾とか、撫で回してみたいかな……
思わずそんなことを頭の中で想像していると……
「うっ……ぶるっとしたニャ。リート、エロいこと考えてるニャ! もしかしてリート……そんな安心な顔して、むっつりなのニャ!」
「そ、そんなことないですよ……そ、そうだ。ナーニャさん、昔冒険者してたって言ってましたよね、今度その時の話でも聞かせてください」
「わかったニャ。そんなのならお安い御用ニャ! お昼ご飯でも奢りながら話すのニャ!!」
「それは、助かります」
「それじゃ、リートくん。そろそろいい時間だ、そろそろ君は休んだほうがいいだろうね」
「それもそうだね、リート。今日は205号室が空いてるから、そこを使っておくれ」
言われてみると、夜も更けてから結構な時間が経っている。
目がしぱしぱするのを感じながら、僕は立ち上がる。
「それじゃ、おやすみなさい、皆さん。また明日」
「またねニャ!! リート、ほんとありがとなのニャ」
「「おやすみなさい」」
3人に見送られながら、僕は今日の宿となる205号室へと向かった。
〜〜〜
──後日。
大皿の上にそのまま置かれた大ぶりのキノコ。
正直料理の見た目としては、決していいとは言えないものだ。
だが、極めて強い個性を持つイラニス茸の調理法としては正しいも正しい。
だからこそ、ラインベルト公爵・リカルドは、それを出す料理人の自信と心意気を感じていた。
「では、頂くとしようか……」
リカルドはフォークを当てたキノコにナイフを押し付ける。
程よい弾力を感じた後に、プツンっと切れるキノコ。
程よいサイズのそれを、リカルドは口元へと運ぶ。
「ほぉっっ、これはっっ……」
リカルドの厳しかった顔がホワっと緩む。
「素晴らしいな……イラニス茸の伝統的な料理法を遵守しながらも、わずかに癖のあるはずのイラニス茸の風味が綺麗に処理されておる。これは……ミズス草を使って浸け置いたのか……?」
「ご慧眼でございます、ラインベルト公爵様……伝統的なイラニス茸の煮込みの料理法を行う前に、ミズス草、酒、塩、砂糖の調味液に3日間浸して前処理をいたしました」
「ふむ。イラニス茸の煮込みはすでに完成しきった料理だと思っていたが……この味は、見事という他ない!」
カッと目を見開いたリカルドが立ち上がる。
「黄金の鷹亭の主人マッツよ。このイラニス茸を始めとして、全てが素晴らしい料理じゃった……これからこの道中を通る際には、必ず黄金の鷹亭に寄らせてもらうぞ!」
「あ、ありがとうございますっっっ!!!!!」
深々と頭をさげるマッツ。
だがそれも宜なるかな。
ラインベルト公爵・リカルドが必ず寄るという言葉を発したということは、黄金の鷹亭はラインベルト公の御用達ということ。
この時代において高位貴族である公爵家のお墨付きを得るということは、とてつもない意味が存在しているのだから。
「では、儂はこれにて下がるとしようかの……マッツよ、旅の連れの者共にお主の腕、存分にふるってほしい。予算は気にせんで良いでの」
リカルド公は旅のお供をする部下たちにも、最高の食事を与えて欲しい、その費用は全て公爵で持つとの言質を与える。
「かしこまりました! ごゆっくりお休みください!」
黄金の鷹亭主人のマッツは、リカルドの共の者共にその腕を存分にふるったのだった。
ーー No. PD
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