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正直あの日どうやって家まで戻ってきたのかは覚えていない。
周りは授かった職業を喜ぶ子たちやその家族たちで賑わっていたと思う。
僕のこともメグが必死で慰めてくれてたとは思うんだけど、碌に反応もできていなかったと思う……メグにはあとで謝らないといけない。
僕の職業が確定したあの日からは何もやる気がおきなくて、ここ数日はメグとの訓練もサボってしまっていた。
まあ、メグも『学校』への入学準備やら、『賢者』に選ばれたことで王都から偉い人が会いにくるだとかで、訓練どころじゃないのだろうけど。
その訓練にしたって、『賢者』の職業を手にいれた彼女は、すぐに魔法中心のものに変えるべきなんだろうな。
「はあ……」
小さくため息を落とし、手に持った手紙を見る。
その手紙には、神官様が僕のユニーク職業『スライム繁殖師』について王都の大教会に問い合わせしてくれた結果が記されていた。
書かれていた内容は……一言で言えば”入学不可”だった。
薄々予期していたように『スライム繁殖師』は『職業訓練学校』へ入ることのできるような上級職とはみなされなかったのだ。
それどころか、若しかしたらすでに『外れ職業』としてリストされてしまっている可能性だってある。
ついそんな自虐的なことを考えてしまう。
僕は手紙をポンっとベッドの上に置くと、立ち上がり両親を祀ったモノリスの前へと移動する。
「父さん、母さん……残念だけど、僕はオクサルビ神から良い職業をもらえなかったみたいだよ……」
もちろんモノリスは言葉を返してはくれない。
そんなのはわかっちゃいるんだけど、今日だけはその事実が少し辛い。
「メグはね……『賢者』の職業をもらえたんだ。だから、彼女は予定どおり王都の『職業訓練学校』に入学して、それで歴史に名を残すような冒険者になるのかもしれないし、僕じゃない誰か、『勇者』と共に旅して魔王を倒すなんてことになるのかもしれないね……」
モノリスの前にドスッと腰を落とす。
「僕は……このまま、ずっと、この街にいるのかな……ねえ、父さん、母さん……『スライム繁殖師』って、なんなのかな? 上級職とまでは言わないけどさ、なんで普通の『剣士』とかじゃダメだったんだろうね……」
──ポタッ
ズボンの上に落ちた水滴が小さなシミを作る。
「……なんでっっ……っ、ぅっ、ぅうっっ……なんでぇっっ……僕がっっ……ぅぁあっ、ぅぁぁああああああああああああああああああああああああああああぁぁっっっっっっっ」
一旦叫び始めてしまうと、感情の奔流は止まらなかった。
様々な負の感情が頭の中で荒れ狂い、滝のような涙が僕の目からは溢れ続けた。
「……あっ……寝ちゃってたのか…………」
気づいたらモノリスの前の床で眠ってしまっていたらしい。
感情を全部吐き出し切ったせいか、少しだけ気持ちが楽になっている。
同時に少しだけど、生きる気力、いろんなやる気が戻ってきているのを感じる。
「……あの日のこと、メグに謝りに行かないとな……マーシャさんやマッツさんにも心配かけてしまったかもしれないし……」
床で眠っていたせいか体は重いけど、身体に力をいれてなんとか立ち上がる。
「ここ数日でだいぶなまっちゃってるだろうけど……黄金の鷹亭まで久しぶりに走るかあ……」
外着に着替えてから、家から外に出る。
「あれっ、スライムくん、何してるの……?」
いつもは中庭で雑草を食べたり昼寝したりしてるスライムが、今日は玄関の前でふるふると揺れている。
「……もしかして君も、僕のこと、心配してくれたの?」
──ふるふる
そのタイミングのいい揺れ方は、まるで僕に返事をしてくれているようだった。
「ふふ、心配してくれてありがとう……そうそう、僕はね『スライム繁殖師』って職業をもらったんだよ。君みたいなスライムに関係している職業みたいだし、君にもこれから助けてもらうこともあるかもしれないね」
──ふるふるふるふる
なんだか彼が、彼女かもしれないけど、嬉しそうにしている気がするのは、気のせいなんだろうか。
「それじゃ、ちょっと、メグのところに行ってくるね……スライムくん、留守番は任せたよ!」
──ふるんっ
大きく一度震えたスライムを背後に、僕は街の中心に向けてかけだしたのだった。
ーー No. PD
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